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[Novel:11] -P:10-


「携帯も受け取ってた…。連絡するなってことでしょう?」
「そうだ。私が一週間連絡させないと言ったら、旭希さんが携帯を預かろうと提案した」
「なんでそんなこと…」
 別れた日は、あれほどまでに憎しみの篭った目で鷹谷を見ていたのに。裏切られたと言っていた。許さないとも。なのに、どうして?
 朝早い時間の街は、平日にもかかわらず人通りが少ない。赤信号で車を停めた鷹谷は、自分のシートベルトを外してしまうと、素早く炯のメガネを取り上げて、口づけた。
 ……甘い唇に、炯は眉を寄せた。懐かしい、甘い味。
「鷹谷さん…」
「お前を預かってくれと連絡してきたのは、旭希さんだ」
「…旭希が?」
 炯の頬を、愛しげに撫でる。鷹谷の目にも炯は痩せて映ったが、それでも彼の整った造形は変わらない。不安そうに鷹谷を見上げる瞳は、やはり淵が茶色くて潤んでいるように見えた。親指が、ふっくらした炯の唇を優しく撫でている。
「自分の手には負えないと言ってな」
「っ!……」
 その言葉に、炯は再び視線を下げるけど。強引に顎を掴み上げた鷹谷が、無理矢理唇を重ねてくる。
「っ…んっ!」
 そう、覚えている。いつだって鷹谷は強引で、炯に自由を許さない。
「いいか、炯。あの人がお前を見捨てることなど、ありえない」
「だって、でも…!」
 信号は青に変わって、前進を命じるのに。鷹谷は意にも介さなかった。後続車がなかったのは幸いだ。
「それでも彼は、私にお前を預かって欲しいと言ったんだ」
「だから、どうしてですか?!僕をあなたに会わせたら、どうなるかなんてわかってたはずだ!」
 自分の愛している人間を、かつて愛人だとまで言い放った男に引き渡すなんて!
 鷹谷は厳しい視線で炯を見つめ、またその唇を塞いだ。今度は深く、逃げる炯を許さずに舌を差し入れる。
「んんっ…や、っ…んっ」
 捻じ込まれた舌が苦い。唇の甘さと釣り合わない苦味は、鷹谷が例のタバコをやめていない証拠だ。容易に身体に火をつけてしまうキスが怖くて、炯は手を突っぱねようとするけど。鷹谷の大きな手は、炯の抵抗など子供の相手でもするようにねじ伏せてしまう。
 思うさま、口の中を舐られて。開放された炯は、自分の目が潤んでいるのを知っていた。
「た、かや…さん…」
 苦しかったせいなのか、快楽に溺れていた日々を思い出したせいなのか、自分でもよくわからない。ただ、荒れた息が熱かった。
「旭希さんの気持ちがわからないなら、自分で考えろ」
「…だ、って…」
「お前の仕事は何だ?そんなことをいちいち人に聞いてどうする。旭希さんはお前を見て、自分で答えを出したんだ。お前も自分で考えろ」
「鷹谷さん…」
 身体を離した鷹谷は、炯の手に取り上げたメガネを握らせる。縋るように見つめてくる炯を見てやらずに、車を出した。


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