[Novel:13] -P:10-
ブランケットの中で膝を立て、その上にだるい手を置いて眺める先には、まるで自分の部屋のようにテラス側のテーブルを占拠している炯の姿。メガネの奥で目を光らせるのは、脚本家の顔だ。
パソコンを立ち上げ、資料を拡げて。今の炯には、身体を起こした鷹谷に気付くどころか、間近に流れる川のせせらぎさえ聞こえてはいないだろう。
自分には旭希と暮らす資格がないとか、旭希と鷹谷を傷つけているとか。どれも本心には違いないのだろうが、結局は煮詰まっていただけだ。
旭希の保護下に置かれ続ければ、いつか必ず逃げ場を失う。そうなれば八方塞になって、いつも仕舞いこんでいる罪悪感に追いつめられることなど、目に見えていた。
本来炯は、本心を他人に晒したり出来ない性格だ。他人の前に拡げることが出来ないものを全てぶつけて、脚本を書いている。
自覚のない気持ちや、行き場のない痛みを、いちいち旭希が拾って回るから、気づかせないようにいっそう炯は心を身体の奥深くに沈めてしまう。しかしそんな所業には必ず限界があって。限界まで落ちればもう、あとは悲鳴を上げるしかない。
炯の創作を支えているはずの鋭さが、力を増し牙を剥けば、頼る先など自分しかないと、鷹谷は自負していた。
旭希がいなければ、そうはならなかっただろう。旭希がいて初めて、炯には鷹谷が必要になる。もちろん鷹谷という存在がなければ、炯が旭希の気持ちに気付くことはなかった。
どちらかを選ばなければと、炯は苦しんだようだが。二階堂炯にとって、どちらかを選ぶことは、自分の首を絞めるだけだ。
炯の日常など、鷹谷は面倒を見てやれない。炯の限界など、旭希にはどうしようもない。
それがわかっていたからこそ、炯が旭希を選ぶと言い出したときも何も言わなかったし、旭希が連絡を寄越したときも笑ったりしなかった。
――しかしまあ、一日だったか……
旭希から離れ、思っている全てを鷹谷に叩きつければ、炯が立ち直ることはわかっていたけど。まさか、たった一日で立ち直ってしまうなんて。
鷹谷は苦笑いを浮かべる。
この温泉旅館は、鷹谷の気に入っている隠れ家だ。いつも一人で訪れて、何もしない時間を楽しむ場所だから、炯が原稿に没頭してしまっても、時間を持て余すことなどない。だがもう少しぐらい、ぐったりと全てを預けてくる炯を楽しんでみたかった。
まあ、いいだろう。
鷹谷はベッドを抜け出し、露天風呂へ向かう。
炯の叩くキーボードが、静かな部屋には音楽のように流れていた。それに耳を傾け、肌に吸い付くような温泉に身を沈めて。目を閉じた鷹谷は、ゆっくりと口元を緩めた。