[Novel:02] -P:07-
何も思い出せないくらい傷つけて、自分も傷ついて。宏之を思い出したくないと泣くのだけはイヤだった。……宏之にだって、そんな思いはさせたくない。
空になったパフェグラスに置いたスプーンは、カランと高い音を立てる。
顔を上げた晃は、笑みを浮かべていた。
「今から帰って謝ったら、ヒロユキはオレのこと、許してくれるかな」
「宏之くんの性格からして、怒ってるかどうかも疑問だと思うね」
「でも、マジ酷いこと言ったんだよ」
「じゃあ会った瞬間、抱きついてごめんなさいして、押し倒して口塞いじゃえば?」
にやりといやらしく笑う二階堂の言葉に、ぽかんと口を開ける。でも。なるほど、と頷いたらオカシくなってきて、肩が震えた。
「あはは。っつーか、過激だぞパパ」
「なんかチビちゃんからパパとか言われたら、いけないオジサンになった気分だな〜」
「意地の悪いオッサンなのは確かだ」
「なんだよ〜。ちょっとは元気になったんでしょ?」
「ま、ね。さすが物書きだとは思ったな」
「あれれ。褒められたよ。明日は嵐だね」
肩を竦めて立ち上がる晃は、ジーンズのポケットから携帯を取り出した。着信の光が灯っている。開いてみるとそれは、宏之からで。
――どこにいる?迎えに行くから。連絡待ってる。
簡素なメール。
「携帯、直ったみたいだね」
「ん〜。いや、新しいのじゃね?ぜってー大破してるってアレ」
「そんなことに自信持たなくていいから」
宏之からだなんて、一言も言わなかったのに。にやにや笑われると、ちょっとだけ照れくさい。
「んじゃ〜まあ、ゴチでした」
「はいはい。とっとと帰ってウチの看板役者、慰めてやって」
「明日、稽古何時から?」
「いやだね若いモンは」
「なんも言ってねーだろ!」
「宏之くんは昼からしか来られませんって言っとくよ〜」
「だから!そーいうんじゃないって!」
意地悪な二階堂にむうっと膨れた晃が、思いついたことの趣味の悪るさにニヤリと笑う。首を傾げている二階堂の方へ回り、耳元に口を近づけた。
「?」
「じゃあ、そう言っといて」
ひそひそと。
ファミレスには似合わない、内緒話。
「へ?」
「帰って抱きついてゴメンナサイして押し倒して、ヒロユキが反論するヒマないように、アイツの舐めてイカして朝までガツガツやって仲直りすっから。よろしくセンセイ」
「〜〜!君ね!」
年甲斐もなく赤くなる二階堂からささっと離れ、してやったりの顔で晃は背を向ける。
「じゃあな〜ヒマがあったらまたオゴられてやるよ」
「…オゴるだけなら、いつでもどうぞ…」
ひらひら手を振って店を出て行く晃を見送った二階堂は、机に突っ伏して携帯を開いた。
「パパはなんだかとても疲れてしまったよ、まどか…」
しくり。
待ち受け画面の天使は、ただあどけなく微笑んでいるだけだった。