闇に紛れて王宮を出る。リュイスはテオを抱きしめて、そう囁いた。
悲しげに目を伏せるテオはリュイスの身体を押し戻し、部屋の外へ出ようとして、ふと自分の首に下がっているペンダントを見下ろした。
リュイスにもらったばかりの、もう中身は空になったペンダント。部屋のどこかに隠しておけと言われたが、確かにそうせざるを得ないようだ。夜着姿の今、これをつけていては部屋を出ることさえ出来ない。
少し迷って、テオはそれを外すとベッドサイドの引き出しに大切に仕舞った。
「ベッドのそばに置いておくのか?」
「…ダメですか?」
「いや。それを見て私を思い出して、ナニをするのかと思ってな」
にやにや笑うリュイスを睨んで、テオは部屋を出る。この部屋には朝まで誰も近づかぬよう、伝えておかなければ。
周囲を見回していると、男が一人ゆっくりした歩調で近づいてきた。
彼はリュイスがいたころから、二人の住むこのフロアを取り仕切っている。リュイスが賢護石(ケンゴセキ)として王宮にいた頃は侍従局の所属だったが、今はそれを辞してなお、テオに仕えてくれている。
テオだけがこの王宮の西館に住むようになって以降、それまで身の回りの世話をしていたスタッフは侍従局に戻らざるをえなくなったのだが、彼だけは侍従局の方を辞めてテオのそばに残ってくれたのだ。
「イクスさん」
老齢の男の名を呼び、テオがそちらへ近づいていくと、イクスすぐそばまで来て足を止めた。
「起きて大丈夫ですか?」
「はい。あの…今日はもう休むので、部屋へは誰も近づかないようにしてもらえますか?」
曖昧に笑って頼むテオを、彼は心配そうに見つめている。
「お食事は宜しいのですか?」
「はい。…ご心配をおかけして、申し訳ありません。でも明日はちゃんと食べられると思うので」
何かに気付いたのだろうか。イクスはちらりと部屋を見て、眉を寄せる。ぎくりと身を震わせたテオの前で、難しい顔のまま腕を組んだ。
彼は忙しいリュイスに代わり、幼いころからテオの世話をしてくれていた人だ。厳しく優しく、テオを育ててくれた。
そして彼は誰よりもリュイスを理解し、傍に仕えていた。軍人ではないのに、リュイスの腹心と呼ばれていた男。
緑の賢護石が反乱に加わり、王宮を出たあと、侍従局は彼に一度この西館を離れるよう辞令を出したのだが。イクスはそれを断って、テオのそばにいるため「私を雇いなさい」と言ってくれたのだ。