A−2ウィル視点(ウィル11歳、アルム9歳)
町の祭りにレフを誘ったのは事実だが、まさかそれをアルムに聞かれているとは思わなかった。
身分がわからないよう、庶民の服を着ているせいか、すっかりただの子供の顔ではしゃいでいるアルムを、ウィルは頭痛を感じながら見つめる。せっかくデートのつもりだったのに、これではただの子守りだ。
王都ショアでは色んな祭りがあるが、この祭りは王家や賢護石と関係ない、数少ない行事だ。さすがにパレードがあっては、二人とも忙しくて楽しむことが出来ないだろう。そう思ったからこそ、レフを誘ったのに。
まあしかし、アルムが行きたいと言って聞かなかったから、レフが同行を了承してくれたのも事実。
「なあ!あれ、なんだ?」
瞳を輝かせて露店を回るアルムに、引っ張りまわされっぱなし。アルム以上に顔の知られているレフは、すっぽりとマントをかぶっていて表情が窺えない。
「あれが■■って焼き菓子だよ。さっき言っただろ。この祭りは、好きな人にあれを贈って好意や感謝を伝える祭りなんだ」
「さっきのと形が違う」
「形は決まってないからな」
※とりあえず、バレンタイン的な(笑)。お菓子の名前よろしくです。なんか、テキトーでいいので。もしくは名前が出なくてもいいような代替案でも…
形は決まってないって書いたけど、決まっててもいいかなあと、今さら思ったり。その方が書きやすいよねきっと…チョコレート、とかキャラメル、とか、具体的な名前が書けないんだし…orz 何の形にしよう?…色でもいいのか…
「なんで好きな人にこれ渡すんだ?」
「ずっと昔、結婚式の前日に、事故で記憶をなくした男がいたんだよ。親兄弟のことも恋人のこともわからなくなって、結婚の話も白紙に戻すってことになって。だけど男の恋人が、二人の思い出だったこれを作って食べさせたら、記憶が戻ったんだってさ」
「へえ…」
「それが伝説になって、今では逆に『いつまでも貴方を忘れない』って意味で、友達とか恋人とか、大事な人にそれを贈る祭りになったんだ」
アルムに解説してやりながら、ウィルはこっそりレフの手を握る。母とレフの経緯を思い出させるような話なのは承知の上だ。
「…俺は忘れないけどね」
囁くと、レフは何も言わずに視線を伏せた。
「俺もこれ、買う!」
「はいはい…いくつ買うんだ?」
「1個しかいらない。兄上のだけでいい」
相変わらず世界が兄で回っているアルムは、さまざまな形で売られている菓子を選ぶことに夢中になっていく。その後ろ姿を見守りながら、ウィルはレフに「俺は貴方の作ったのが食べたいなあ」と呟いた。
「どうして私が」
「愛の証だから?」
「理由になっていないだろ。愛の証なのだとして、どうして私がお前に作るんだ」
ぷいっと顔を背けたレフが、いきなり顔色を変えた。
「レフ?」
「アルムはどこだ」
「え?そこに…っと、あれ?」
見失ったウィルが周囲を見回していると、青ざめたレフが顔を上げた。
「すぐに探して、王宮に戻れ」
「どうした」
「アルムを排斥しようとしている連中がうろついている。どこから嗅ぎつけたのかわからんが、見つかれば危険だ」
病弱なクリスを案じて、その地位を確固なものとするため、弟王子を排してしまおうとする一派。レフの視線を追ったウィルは、周囲にアルムの姿を探した。
「レフ、あそこだ!」
指さした先。すでにアルムは捕まり、連れ去られる寸前だった。
素早くレフが駆け出すが、足の悪いウィルは追うことができない。なんとか見失わないよう、人ごみを掻き分けレフの駆け込んだ路地裏に入ると、数人の男がすでに剣を抜いていた。
アルムを捕まえている男が刃物をひらめかせる。レフは魔力を使って刺客を倒し、同時にアルムの身体がふわっと浮いた。走れないながらもそばへ行き、落下してきたアルムをウィルが受け止める。
その瞬間。失敗を悟った別の男の剣がレフを貫いた。
「レフ!」
ウィルが叫んだとき、再び巻き起こった風が刺客の身体を壁に叩きつけた。しかしレフは傷を押さえたまま崩れ落ちてしまう。
アルムを連れ、レフに駆け寄ったウィルの顔が青ざめていく。それでもなんとか冷静に、服を裂いて傷口を押さえ、血を止めようとするのだが、どんなにきつく縛っても症状が変わらない。
「すぐに医者を」
ウィルは雑踏を振り返るが、レフに止められてしまう。
「やめろ…医者を呼んでもムダだ」
「しかしっ」
「緑の賢護石以外、誰であろうと同じなんだよ。私たち賢護石を治せる医者は、いない」
その言葉に、ウィルは愕然とする。レフはなんとかアルムに笑いかけると、ふらつきながらも立ち上がった。
「ケガはないか?アルム」
「うん…うんっ、ごめんなさいっ」
「お前のせいじゃない、気にするな。私たち賢護石は、王家の人間を守るためにいるんだから」
レフの言葉を聞いて、ウィルは唇を噛み締める。悔しげな表情を目にしたものの、レフは苦笑いを浮かべた。
「非常に不本意だが、肩を貸してくれ」
「…わかった。アルム自分で歩けるか?」
「うん」
「絶対にはぐれるなよ」
「わかった」
ウィルはレフの身体を支え、人目を避けて王宮へ向かう。
城壁を警護する兵士を見つけると、アルムに隠れるよう言って、彼らにレフの身体を預けた。
限界だったのか気を失ってしまったレフが運ばれていくのを見送り、ウィルは隠れているアルムを呼んで別の門から王宮に忍び込む。
ずっとレフを支えていた手が、彼の血で赤く染まっていた。何も出来ない自分が、これほど悔しいと思ったことはなかった。
アルムを女官長に預けたウィルは、駆けつけたリュイスの治療が終わるまで、爪が食い込むほど手を握り締めて何も出来ずにただ、レフの姿を見つめていた。
リュイスさえいれば、何も問題はない。元より治癒能力が高い賢護石だ。すぐに症状は回復し、念のために安静を言いつけられて事なきを得た。
「お前の方が重傷みたいだぞ、ウィル。そんな顔をしなくても大丈夫だ。お前こそ少し休んだ方がいい」
横になったレフに言われても、ウィルには何も答えられない。
周囲の勧めで王宮に泊まることになったが、眠れるとは思えなかった。
深夜になって与えられた部屋を抜け出し、クリスの元へ向かう。皇太子のベッドでは泣き疲れたアルムが眠っていた。
「いいか?」
「ええ。どうぞ」
通されたウィルはアルムの寝顔を見つめる。レフに何も出来なかったどころじゃない。襲われて動揺していたはずのアルムを、気遣ってやることさえ出来なかったのだ。
「ずいぶん、泣いたみたいだな」
「そうですね…この子が刺客に襲われたのは初めてですから」
「俺がついていたのに、本当にすまない」
「あなたのせいではありませんよ」
「こんなことは、よく起こるのか?」
「…紫の賢護石アルダが永逝した理由を、ご存知なのでしょう?」
そう、今日のレフと同じように、アルダはクリスを庇って死んだのだ。あの時はリュイスが王都を離れていて、間に合わなかった。
クリスはそっとウィルの背中を押して、窓際に置いたイスへ座らせる。腰を下ろしたウィルは両手を強く握り合わせ、祈るように額へ押し付けた。
「恐ろしかった」
「ウィル…」
「自分が死ぬことより、刺客に襲われたことより。目の前で血を流しているレフに、何も出来ないことが恐ろしかったんだ…!」
今回はリュイスが王宮にいたから助かった。しかし、もしいなかったら。アルダの時のように、王都を離れていたら。自分は何も出来ずにレフが死んでいくのを見つめるしかないのだろうか。
ぎりっと唇を噛み締めるウィルは、思いつめた顔を上げた。
「本当に、賢護石には医学的治療が出来ないのか?」
「…わかりません。彼らは自分達が必ず生まれ変わることを知っている。そのせいか…私には彼らの、自分自身の命に対する執着が、とても希薄なように思えます」
「そんな…いくら生まれ変わると言っても、同じ人間じゃない!今の紫の賢護石はアルダの記憶を持っているかもしれないが、アルダ自身ではないだろう?!」
「そうです」
「だったら!」
「それでも、彼らにとって。ラスラリエ王家に対する忠誠は、己の命よりも重いものなのです」
冷静なクリスの言葉。しかしウィルは彼の瞳に、やりきれない辛さを見つけて、首を振った。納得していないのは同じなのだ。
「…そんなこと、許してやらない」
「ウィル」
「レフが守らないというなら、俺が守る」
低く呟いたウィルの言葉に、クリスは少しだけ目を見開き、僅かに唇の端を上げる。しかしそれは一瞬のことで、彼の表情はすぐに深刻なものに戻った。
「どうするつもりなんですか?」
「そうだな…」
喚くだけではダメだ。子供のワガママと何も変わらない。もっと具体的に、行動を起さなければ。願うだけで叶う望みなどない。
しばらく考えていたウィルは、ふいに何かを思いついた表情で、クリスを見つめた。
「…過去、本当に誰も、その分野に足を踏み入れた奴はいないのか?」
「どういう意味です」
「善意でも悪意でも構わない。ラスラリエの歴史の中で、賢護石の身体に興味を持った奴は、いないんだろうか」
「………」
「賢護石のことに最も詳しいのは、誰だ?」
「もちろん賢護五石自身と……そうですね。サシャの谷にある王立文殿なら、賢護石に限らずこの国の歴史全てが記録されています」
「誰でも見られるのか?」
「いいえ。赤の賢護石と国王の許可がなければ、入ることすら出来ません。それも許可が下りるまで、何年もかかる審査を必要とします」
「そうか…」
「ただし、皇太子の後ろ盾を以て申請すれば、例外もあるかと」
「クリス」
じっとクリスの顔を見つめ、ウィルはふっと頬をほころばせた。
「お前のためだったんだけどな」
「え?」
「最初は漠然と、親父が医者だから自分も医者になるんだろうと思ってた。お前に会って苦しそうに臥せっている姿を見ていて、いつか俺が治してやるって、思うようになった」
「はい」
「だけど、今は」
「そうですね」
全部を言う必要はない。クリスにはちゃんとわかっているという、確信があった。
「手伝ってくれるか」
「もちろんです。少しだけ時間を下さい。貴方をサシャの谷に派遣し、王立文殿にも入れるよう、手配します」
「任せた。俺は身辺を片づけておく」
そう言って、ウィルは立ち上がり部屋を出ていった。
どんな手を使ったのか、クリスはひと月の間にウィルを派遣する手はずを整えた。
ウィルは旅立つ前の夜、クリスの名の下に王宮へ滞在。レフの部屋を訪ねる。真剣な眼差しに動揺するレフを捕まえ、強引に唇を重ねた。
「戻ってきたら、もう逃がさない」
「ウィル!」
「俺は貴方にとっても、この国にとっても、失えない人間になる。何があっても貴方が、俺から記憶を奪えないくらい。戻ってきたら今度こそ、そばを離れないよ。約束するから…待ってて」
ずっと子供だと思っていたウィルの、熱っぽい眼差しにレフが困惑している。もう一度だけ唇を重ね、翌朝にウィルは王都ショアを旅立っていった。
※せっかくだから、記憶を奪えない人間になる経緯と、祭りの菓子を絡めたいなあとか、思ったり思わなかったり。
…誰か女官の子がクリスにこの菓子を贈ってて、部屋に置いてあるのを見たウィルが、何の役にも立たない自分では、アメリアみたいに記憶を奪われるかもしれない、って考えてもいいかなあと。