[PR] この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。
③レフ視点
少し前から王宮は、ある論文の話題で持ちきりだ。サシャの谷にいるウィルが書き上げ発表した、賢護石と医療に関する論文。
今まで誰も形に出来なかったテーマを、彼は明確な形にしつつある。その研究には皇太子クリスティンが後ろ盾となり、協力しているとあって、すぐにウィルト・ベルマン招聘の話が持ち上がった。
ウィルの王都への帰還が決まり、レフは落ち着かない。
時に幼い子供の言葉で、時に大人っぽい情熱的な視線で、自分を翻弄していたウィルが帰ってくる。
彼がサシャの谷に行ってから、一度も会っていないのだ。どんな風に成長しているか、楽しみな反面、怖いのも事実。
逃げ腰になるレフにクリスは
「彼は貴方の為に研究を始め、貴方の為に帰ってくるのです」
と話した。
ウィルが帰って来た。
国王からの招聘である以上、正式な謁見の席が設けられる。理由が理由なので、不在になっている紫以外の賢護石は、全員出席しなければならない。
嫌々ながら顔を出したレフ。
王の間に現れたウィルは、見違えるほど成長し、落ち着いた大人の雰囲気を備えていた。
しかし目の前に現れた青年は、けしてレフの方を見ようとしない。もちろん国王の前なので、当然なのだが。
穏やかに微笑み、静かに礼を述べたウィルは、謁見が終わった後もクリスと言葉を交わしていて、自分の方へは来ないのだ。
苛々している自分がまるで、嫉妬しているみたいで。レフは慌ててその場を逃げ出してしまう。
意識しすぎているレフを、ウィルがどんな顔で見ているかも知らないで。
逃げ込んだ執務室。
動揺している自分に困惑していたら、ウィルが現れてさらに動揺。
一応それでも、賢護石として対応していたのだが、ウィルの変わらない気持ちを知って、動揺は増すばかり。
もちろんその場は言い逃れをして、なんとか切り抜けた。
王宮にウィルがいる、不安な日々が始まった。
今度は子供のワガママじゃない。
彼は正式な医療研究員として、忍び込まなくても、クリスの名を笠に着なくても、王宮内に自分の立場を確立している。
相変わらず何かと自分の元へ顔を出すが、穏やかな様子と、落ち着いた空気で、周囲の者も認めてしまっているようだ。
なかなか逃げられない状況。しかもウィルは何かと自分をフォローしてくれる。
あの、煩いコドモだったウィルが。自分の気持ちを押し付けることしか知らなかったウィルが!
トラブルに巻き込まれた(大事ではない)ときに、ふとウィルを頼ろうとしている自分がいることに気付いて、レフは困惑した。
※トラブル…
レフの元に運び込まれた食材が、実は国王の晩餐の為に用意されたものだとは気づかず、うっかり使ってしまう。
新たに用意しようにも時間がない。どうしたものかと悩むレフは、本来相談するべき青の賢護石ジャン(侍従長なので)ではなく、ウィルを呼べと言ってしまって、自分に動揺。もちろんすぐにジャンを呼んだが、呼び出しの中止は間に合わず、ウィルも顔を出す。
その上、町に顔の聞くウィルは(パパが町の人々に信頼厚い医者だから)、城下の町から食材をかき集める手はずを整えてくれた。
問題が解決できるならなんでもいいジャンに対し、レフは関係ないウィルを働かせてしまったことを後悔。
…とかいうの、どうかしら。
黄の賢護石なので、気候トラブルも考えたんだけど…時節柄、可能な限り災害ネタは避けたいなあと。①の嵐は仕方ないとして…
また、自分は。アメリアと同じことを繰り返そうとしているのではないか。
不安に陥り、悲しくなりかけると、絶妙のタイミングでウィルは現れる。
「私は母とは違う、と。ずっとそう言っているでしょう?」
包み込むように囁かれ、安堵している自分を知るほど、怖くなった。
その頃の王宮には、ウィルと同時期に新しい住人が増えていた。リュイスを庇って死んだオーベリの息子テオだ。
何事にも一生懸命で素直な性格が王宮の人々に気に入られ、クリスやアルム、ウィルも可愛がっている。もちろんレフ自身も。
しかしテオが一途に心を傾けるのは、自分を引き取ってくれたリュイスだけ。その思いは大人たちから見ると、初恋だとすぐ気付くぐらいだ。
子供の可愛らしい恋。みんなそう思っているようだが、ウィルを知っているだけにレフの気持ちは複雑。しかも冷たく接しているリュイスが、まんざらでもないようで。
賢護石とヒト。どうしても自分に重なってしまう。
テオが可愛いこともあって、レフはリュイスに苦言を零した。
「同じようには生きられないのだから、どこかで線を引いておくべきだ」
経験から諭すレフに、リュイスは笑って「アンタほんとに暗いな」と答える。
「どうしてそんな、後ろ向きな答えしか見つけられないんだ?確かにそうさ。たぶん私はテオの一生を見届けることになるだろう。しかしそれは、本当に不幸なことなのか?」
まさか反論されるとは思っていなくて、レフの顔に動揺が走る。
「私はけしてテオの中で『思い出』になんかならない。あいつの中で、常に『現在』であり続ける。もしテオが他の誰かと結ばれても、何かの事情で別れる事になっても。賢護石だからこそ、息を引き取るまで見守っていられる。…アンタだって同じだろう?もうアメリアはアンタを覚えていないのに、ずっと気に掛けて見守ってやっているじゃないか」
そんな風に、考えたことはなかった。
幼いウィルが今も言う「ずっとそばにいる」という言葉が、この会話をきっかけにレフの中で現実味を帯び、大きくなり始めた。