Cウィル視点(ウィル17歳、アルム15歳)

「あんまり苛めると、罰があたりますよ」
「お前もな」
クリスとウィルが二人だけで言葉を交わしている。視線の先にはファンを囲むアルムとレフがいた。
新しい紫の賢護石、ファンが王宮に上がったのはつい先日のことだ。

自分の命すら自らの意志で制御できる賢護石。彼らが不慮の事態で亡くなることはほとんどない。前の紫の賢護石が、皇太子を庇って唐突に亡くなったのは、実に数百年ぶりの出来事だった。
予想外の転生。生まれたその時から、襲いかかる強大な魔力と膨大な記憶。
生まれた時から記憶の混乱を生じ、常識を越えた速度で成長する身体について行けず、精神の破綻をきたしかかっていたファンは、ずっと王宮へ上がることが出来なかった。
リュイスは治癒能力を持っているが、それはあくまで身体の傷を治すものであって、心の傷は専門外。なにしろ今まで、そういった賢護石の症状を診てきたのが、紫の賢護石なのだから。
様子を見るために生家で暮らしていたファンだったが、専門家であるウィルが王宮にいるため、なんとか彼も王宮で暮らす許可が下りた。もちろん、療養中ということに変わりはない。

※ウィルの帰還からファンが王宮に上がるまで1年かかったのは、ウィルが王宮医師団の中で地位を確立するのに、時間がかかったせい。

歴代の紫もそうとうな美貌の持ち主ばかりだったが、ファンは体調が優れないせいか儚く見えて、ことさら美しい。
担当医ということもあって、ウィルはほぼファンに付きっきり。それだけでもレフには面白くないはずなのに、あろうことか先日、ウィルはレフにファンの面倒を見てやって欲しいと頼んだのだ。

「レフの不満を知っているくせに。意地悪な人ですね」
「別におかしくないだろ?紫の賢護石が不在で、ディノ様は忙殺中。ジャン様は我関せず。リュイス様に至っては、ファンの現状をを不甲斐ないと思っている始末だ。他に誰がいるって?」
「では何の思惑もないと?」
「さてね」
にやりと笑ったウィルを見て、クリスが苦笑いを浮かべている。そんなクリスの顔を過ぎる影に、ウィルの方も気付いていた。
「お前はどうなんだ」
「私が、何か?」
「腹の探り合いをしてる場合じゃないだろ。アルムにファンを押し付けて…お前こそ、何を考えてる?」
アルムは今、クリスの命を受けてファンの面倒を見ている。毎日のように顔を出すアルムだが、それを不満に思っているのは誰の目にも明らかだ。
昔から兄が大好きだったアルム。
王都に戻ってきたウィルは、少年の視線が兄に対する憧憬ではなくなっていることを知って、驚きと困惑を隠せない。
自分でさえがわかったのだ。当のクリスが知らぬわけはないだろう。
素直なアルムと違って、クリスの気持ちは長年の付き合いでも、読むことが難しい。
クリスがアルムを自分から引き離し、ファンの元へ向かわせている真意は、測りきれなかった。
「…似てるよな、あいつとお前」
「そうでしょうか」
「表情や、横顔の雰囲気。俺が王都を離れた頃のお前に、そっくりだ」
「………」
「何を考えてる?」
「何も」
「クリス」
「ご心配なく。私は己の立場を、理解しています」
にこりと微笑んだクリスは、そう言ってウィルの元を離れていく。自分にさえ何も話そうとしないクリスに、ウィルは溜め息を吐くしかなかった。

ウィルがファンの部屋を訪れると、先に来ていたレフが振り返り、そのまま視線を逸らしてしまった。苛々している気持ちを知りながら、ウィルは何も言わずファンの寝ているベッドに腰掛ける。
「具合は?」
「大丈夫です」
「今日の昼メシ、庭で食ってたな。楽しかったか?」
「はい。…でも、あの…レフ様とアンゼルム様に、ご迷惑を…」
知っていたのかと責めるように、レフがウィルを睨んでいる。知っていたならどうしてお前も来ないんだと言いたいようだ。しかしウィルは相変わらず気付かぬふりで、優しくファンの髪をかき上げた。
「気にするな。貴方が楽しいと思ったのならそれでいい。出来ないことばかり数えず、もう少し今を楽しむことを覚えなさい。言ったろう?心が強くなれば、身体もついてくる」
「…はい」
「少し日差しが強かったから、気になってたんだ。次からはもう少し、日陰にしてもらうといい」
「あ、の…どこかから、ご覧になっていたんですか?」
わかっていて知らぬふりをしているウィルより、ファンの方がレフを気にしているようだ。しかしウィルの態度は変わらない。
「皇太子殿下の部屋から眺めてたんだ」
「あ…クリスティン様の…あの、殿下は何か、その…」
「いやいや、貴方のことではないよ。クリスと俺は幼い頃からの友人でね。たわいもない話さ」
「ご友人…なのですか?」
「ああ。皇太子殿下とはいえ、気兼ねなく話せる相手の一人や二人、必要だろう?もちろん、賢護石でもだ」
「………」
「貴方もアルムや、ここにいるレフに、少し気持ちを聞いてもらういい。苦しいことや辛いことでも、彼らはきっと聞いてくれる。そうして心の中を吐き出してみることも、貴方にとって必要なことだから」
「…はい」
「もちろん、俺でも構わないよ。話してくれると嬉しいね」
優しくファンの頬を撫でるウィルの背後で、レフは何も言わずに部屋を出ていった。
ぴたりと閉まった扉を振り返り、ウィルはにやりと口元を歪めている。

そんなことを続けている毎日の中、レフがとうとう体調を崩し、ディノから待機命令が出たという一報が、ウィルの元へ入った。
そうか、とだけ呟き、ウィルは無表情に手にしていた書類を置く。すぐに立ち上がろうとしないウィルを、知らせに来た青年は不思議そうに見つめていた。
「あ、の…ですからその、ディノ様が貴方に診てもらうようにと」
「わかってるよ。あとで伺う」
「あと、ですか?」
「何か問題が?今はお休みになっているんだろう?」
「ええ…まあ」
首を傾げながら出ていった。誰もいなくなった部屋で、ウィルは立ち上がり窓の外を見つめていた。
今は行かない方がいい。きっと彼はウィルを待ちわびて、心を荒らしているだろうけど。
「少しは本気で考えてもらわないとな」
自分のことを懸命に子供扱いしようとするレフ。身体の成長がままならず、それで母と別れた経緯を思えば、彼のプライドを守ってやりたいとも思う。しかし、いつまでも母と混同されているつもりはない。

日が暮れるのを待って、ウィルはレフの元へ向かった。
診療を口実に、控えの間にいる従者達を下がらせ、人払いをしてからレフの寝室を開けると、彼はベッドで膝を抱え顔を伏せていた。
口元に笑みを浮かべ、ゆっくりレフに近づいていく。ウィルがベッドに腰を下ろしたのを感じ、レフの肩が震えた。
「陛下の前で、立ちくらみを起したそうですね。体調はいかがですか?レフ様」
「…お前のせいだ。お前が悪い。全部、お前が」
「レフ」
「こんなこと…こんな風になったことはないのに。眠れなくて、食えなくて…ずっと、身体を休めることも出来なくて!」
「俺のせいで?」
「そうだ!お前のせいで、陛下の前なのに、あんな無様な…!」
振り上げたレフの拳を掴んで、ウィルは細い身体を抱き締める。肩にしがみついて泣きじゃくるレフが、本当に子供みたいで、ウィルは小さく笑った。
「俺のせいで眠れなかったって?」
「そうだよっ」
「しかも、アンタともあろう者が、食えないなんて。想像も出来ないな。旨い物を食うのが、手っ取く早く幸せになる方法なんじゃなかったのか?」
「うるさいっ」
「全部、俺のせいか」
「そうだと言ってる!」
「光栄だね」
全く反省していないウィルの言葉に、レフは顔を上げて睨みつける。しかしウィルは気にした風もなく、両手でレフの頬を包んだ。
「言えよ。なに考えてた?」
「ウィル」
「眠れもしないで、一晩中。何を考えてたんだ?…正直に言えば、治してやるよ」
首を振って嫌がっていたが、唇を塞がれて押し倒され、レフは顔を背けた。
「…お前が悪いんだ」
「ああ」
「私の為にサシャの谷へ行ったと言ったくせに。私の為に王都へ戻ってきたと言ったくせに」
「レフ」
「毎日毎日、ファンのことばかり。少しでも手が空いたら、クリスの元へ駆けつけて…」
「それで?」
「…ずっと私のそばを離れないと、誓ったくせに…うそつき」

※とかなんとかいう経緯でウィル×レフ(笑