[Novel:07] -P:05-
慌てて身を引こうとする旭希を許さず、取り縋ってぼうっとした瞳を上げた炯は「行かないで下さい」と甘え、ベッドからおりて膝をつき、旭希の腰の辺りに抱きついた。
――淋しいときは呼べって、言ったでしょ…欲しいって、僕が言うのは聞いてくれないとでも?じゃあどんな台詞なら、堕ちてくれるんです…?
妖艶な声で。切なく、懇願するように。
旭希は何度も頭を振り、そんなはずはないと自分に言い聞かせた。都合のいい勘違いだと、冷静になれと言い続けた。
まるで台本のような台詞。
炯はまた、脚本と現実を混同しているのだ。酔っ払いの戯言を本気にするなと、それはわかっているはずなのに。
欲情に潤んだ炯の瞳を見てしまったら、旭希に抗うことなど出来るはずがない。
もう十年以上だ。
旭希は自分の欲望を、飼い慣らしているつもりだったのに。
ごくりと生唾を飲み込んだ音が、やけに響いて驚いた。自分のものだということに気づかないくらい、混乱していた。
どう言えばいいのかわからない。
強固に炯を守ってくれていた旭希の理性が、当の炯によって崩されてしまう。
炯の白い手が、旭希を求めて伸び上がった。動かない旭希に焦れて、炯は自ら旭希のベルトを外す。慌てて手を止めようとするのに、嫌がってジッパーを下ろし、媚態に反応を見せる旭希のものを撫で上げたのだ。
――ケイっ……!
何をする気だと突き放し、一歩下がった旭希の前で、ぐったりしたままの炯が顔を上げる。メガネの飛んでしまった顔。きれいな瞳に薄っすらと涙が浮かんでいるのを見たら、もう堪らなかった。
ぎゅうっと抱き寄せ、自分の中でせめぎ合う声を聞きながら、炯の顔を覗き込む。
やめろと頭の中に響く悲鳴は、自分の声だ。お前はいままでの十数年を無駄にするのかと、理性が訴えていた。でも。
抱き寄せられた炯は旭希の首に腕を回し、開けとでも言うように唇を舐めまわす。必死の思いでやめさせ、彼の唇を指先でたどった。躊躇いもなく、炯はその指先に舌を這わせていた。
――抱いてくれって、言えるか?
抗いがたい欲求に、中途半端な問いかけを零した旭希の前で、炯は顔は嬉しそうな表情を浮かべて微笑んだ。
――抱いて下さい……
素直な囁きに、脳が白く弾ける。
そこからのことは、よく覚えていない。
炯の身体から乱暴に服を剥ぎ取って、照明に浮かび上がる白い肌を貪った。
吸い付くたびに上がる甘い悲鳴が、旭希を狂わせる。
広いばかりのベッドに炯を引きずり込んで、両足を抱え上げ、すでに反応を見せていたものに舌を這わせた。気持ち良さそうに喘ぐ声が聞こえたから、精を放つまで吸いついてやって。
前に付き合っていた女が持ち込んだローションを、性急に炯の後ろへ塗りこんだ。
ずっと炯を愛していたからといって、今まで誰とも関係を持たなかったわけではない。いっそ一番愛している炯を手に入れられないのだからと、旭希の女性関係は感心できない類のものだったけど。
だからこそ、そこに指を差し入れたとき、炯が初めてではないことはすぐにわかった。まるで待っていたかのように身体を弛緩させ、奥をねだって足を開く。
一瞬、手を止めた。まさかという驚愕と同時に溢れかえった、傲慢な感覚。
炯にとって一番近い存在は、自分に違いない。それは、確信を持って言える。
……だったら。
炯が、男でもいいというなら。
この行為は、勘違いなどではないはずだ。
炯は旭希を求めたのだ。
ただ慰め、頭を撫でてくれるだけの相手ではなく。身体を貫き快楽を与えてくれる相手として。
何度も名前を囁いた。
夢にまで見た炯の身体に溺れた。
柔軟に旭希を受け入れ、快楽に身をくねらせる炯に、ありったけの想いと、熱を注ぎ込んだ。何度も腰を打ちつけ、もう無理だと嫌がる炯の身体を押さえつた。
炯が放ったものを惜しむように舐め取って、ぐったりと力をなくしているものにしゃぶりつく。いやだと零れた悲鳴に、勃ってるじゃないかと責めるように言えば、炯は泣いて首を振っていた。
その表情が、いっそう旭希に火をつける。
炯の手を押さえつけ、食らいつくように唇を深く抉り、何度も甘い唾液を啜る。日付が変わり、夜が深くなっていくことにも気付けない。