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[Novel:07] -P:06-


 旭希は自分の精が尽きるまで、飽くことなく炯を抱き続けた。

 絶頂に身を震わせ、闇に落ちていくように気を失った炯を強く抱きしめる。元より色の白い炯の顔が、いっそ青ざめているのに気付いて、ようやく旭希は炯の中から自分を抜いた。細い指先が、痙攣するように震えている。
 ムリをさせたことに、少しだけ反省して。ごめんな、と囁き、炯の顔を覗き込んだ。
 よほど辛かったのか、頬に残る涙のあとを見つけ、旭希は炯の目元を拭ってやる。
 ぽたりと落ちる涙に、まだ泣いているのかと慌てて。でも、泣いているのは自分の方なのだと気づいたとき、やっと身体を戦慄が突き抜けた。

 興奮が、冷めてくれない。
 炯を、抱いたのだ。
 一生見つめ続けるだけだと思っていた人を、旭希は今夜、手に入れた。



 指先の冷たい手が、旭希の背中に回された。まだ目を覚ます様子のない炯は、静かな寝息を立てている。旭希は瞼を上げない彼の耳元にしっとりと囁いた。
「炯……」
 まるで存在を確かめるように。
 柔らかい唇を舐め、ちゅっと音を立てて吸う。本当に、気が狂いそうなほど幸せだった。
 これからはもっと甘やかしてやるからな、と勝手なことを決めてしまう。
 離婚して以来、仕事場にしていた部屋に住んでいる炯の、不健康な生活は前から気になっていた。
 原稿に没頭すると、ろくに食べなくなるのだ。気が向いたときだけ旭希の元を訪れ、オムライスが食べたい、などと子供のようなことを言い出す炯。
 そう。いっそここに住まわせてしまえばいい。手の届くところに炯を置いておく生活は、想像するだけで旭希を満たしてくれる。

 市内の図書館で司書をしている旭希と、昼も夜もない生活をしている炯は、いままですれ違うことも多かったけど。こうなったのだから、炯も受け入れてくれるはずだ。
 わくわくするほど、想像するのが楽しい。
 炯が稽古に入ったときのために仕事場を置いておきたいというなら、それでも構わない。生活基盤だけでもこっちへ移してしまえばいい。
 今だって、迎えに来いとワガママを言う日は、当然のように旭希の家に帰っている。
 空いた部屋に、大きな机を買おう。
 原稿を始めると、あらゆる資料を開いてパソコンを打つ炯のために。それから、その資料を納める為の書棚が要るだろう。
 いや、自分が図書館に勤めているのだから、高価な本を買い求める必要は減るかもしれない。それでも、炯の仕事場を思い起こすと書棚は必要だ。壁一面を書棚に占領されているくせに、納めきれないファイルや本を、いたるところに積んでいる。
 ヘビースモーカーの炯のために、いまだって灰皿を置いているが、これからはその数も増やさなければならないはず。灰皿だけじゃない。食器や、他の生活用品も。
 細々としたものは、一緒に買い揃えていけばいいだろう。

 望むことを許されなかった、恋人としての当たり前の毎日。いまさらの気恥ずかしいような想像に、旭希は浮かれている自分が照れ臭かった。
 抱き締めている炯の身体をゆっくりさすると、いつもは体温も低くさらりとした肌がべたついているのが気になって。身体を起こし、ブランケットを剥いでみる。
 眉を寄せ、ついでに苦笑を漏らした。
 べたついているはずだ。あれほど炯の身体に自分の精を注ぎ込み、溢れさせてしまったのだから。肌の白い身体は、汗と精でぐちゃぐちゃだった。
「ごめんな、炯」
 まるでセックスを覚えたての、青臭いガキのようにがっついてしまった。
 身体を拭いてやろうと、ベッドを離れようとした旭希は、手を引かれて振り返る。
「炯?」
 起きた様子はない。
 けれど、確かにその手は旭希を引きとめていた。
「すぐ戻ってくるから…炯?」
 囁いて、口づけて。
 旭希の手を握る炯の指を、そっとはずしたとき。形のいい唇が、薄っすら開いた。

 舞い上がっていたから。
 酔っていた炯から、なにも正気の言葉を聞いていないことを、忘れていたわけではないけど。
 気が遠くなるほど長い片想いに、旭希が疲れていたのも事実だから。
 自分の立っている場所が、幻想の中だなんて信じたくなかった。目を逸らしたままの旭希は、浮かれていた分だけ、手酷く叩き落される。

「…タカヤさん…」
 炯の漏らした声に旭希は愕然と凍りついた。
 甘い声。


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