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[Novel:10] -P:09-


 きれいな目を細めて、眦を淡く染めている炯の艶めかしい表情。うっすら開いた唇は、まだ悦楽に酔って、荒い息を吐き出していた。
 そっと膝を上げ、旭希の身体にゆっくり擦り付ける炯は、誘うように唇を舐める。
「もう、おしまい?」
 絡み付くような視線が、旭希の口元に注がれていた。
「明日、稽古場行くんだろう?」
 炯の両側に手をつき、見下ろす旭希はまだ繋がったままのものを抜こうとするけど。きゅうっと締め付けられ、動きを止める。
「こんなときに明日のことなんか言うの、野暮だと思うんだけど」
「オレはお前と違って、義理堅いし現実的なんだ」
「じゃあ旭希は、不義理で夢ばっかり見てる僕が、嫌いなの…?」
 投げ出していた腕を上げ、炯は旭希を引き寄せた。濡れた唇からちろりと赤い舌が覗いている。旭希の目を釘付けるように、それはちろちろと蠢いていた。仕方なく唇を重ねると、炯のほうから絡めてきて。舌の表も裏も舐めようとする動きに、旭希はたまらず炯を抱き締める。くす、と小さく笑う声がした。
「なあ、嫌い?」
「…そんなこと、あるわけないだろ」
「うん」
「愛してるよ、炯」
「うん…知ってる。だから、旭希」
 ね?と、甘い甘い声で囁いて。炯は繋がったままの腰を揺らした。ふふっと楽しげな声がする。炯は密着した身体の間に、ぐいぐい手を挟みこんだ。そうして、繋がっているところを指先で確かめる。いやらしい仕草に、旭希が眉を寄せた。
「……っ」
「ほら、まだ平気だろ?大きくなった」
「炯……」
「する気になった?」
「そんな、不安か?」
 尋ねる旭希の言葉をうまく掴めなかったのか、炯は何度かまばたきを繰り返す。旭希が覗き込んだ炯の顔は、どこか不思議そうだ。
「なんで、そういう話になるの」
「家族がどうとか、足りないとか。オレはお前を、不安にさせてるか?」
 炯が病弱だったのは知っている。中学の頃も、何度か病院で検査を受けていた。高校生になって、陸上部に入った炯を心配したのは旭希の方だ。大丈夫と笑う彼は、確かに驚くほど健康になっていて。今ではもう、めったに風邪すらひかないほどだけど。
 まるで時間を惜しむように生きている、と言われたような気がしたのだ。旭希の方こそ不安になる。こうして欲しがるのも、明日の身はわからないなどと言うのも、自分が炯を満たしきれていないのではないのかと思って。
 旭希の沈痛な言葉に、炯は困ってしまって溜息を吐いた。
「なんでこんな時に、そんなこと言うかな」
「炯…」
「僕はもっとしたいって、言っただけでしょ。まだ夢見てるみたいだとか言う気?いい加減、認めてよ。僕は案外、俗物だよ」
「だから、それが…」
 炯の不安の現れじゃないかと、旭希は不安になるのだ。
 いつまで僕をきれいなお人形にしておきたいの、君は。炯は拗ねた表情を浮かべている。何度も肌を重ねているのに、いまだに信じられないと呟く旭希は、炯の欲求をなかなか認めてくれない。
「したくないなら、いいよ。抜いて。僕は自分の部屋で寝るから」
 与えられている部屋はただの書斎で、ベッドどころかソファーもないけど。
 むすっとした表情で横を向いてしまった炯に、旭希は慌てて細い身体を抱き締め直した。
「…拗ねるなよ」
「拗ねるでしょ、普通。僕だっていつもそんな、難しいことばっかり考えてるわけじゃないよっ」
 どうしてもっと、楽に抱き合えないのか。
 まだ信じてもらえないような気がして、それこそ不安になってしまいそうだ。自分の今までの所業を考えれば、旭希がそうして炯の気持ちを確かめたがるのは、わかるけど。さっきまで話していたことを、こんな時に持ち出すなんて。
「抜けばいいだろ。勝手に自己処理してくるから。離せば」
「待てよ」
「したくないなら、しなくていいって言ってるんだよ」
「したくないわけじゃない」
「でも理由がいるんだろ?僕が不安がるからとかなんとか…どうでもいいことばっかり言ってるのは、旭希のほうだ。僕はもっと旭希が欲しいって言っただけだよ!」
 とうとうへそを曲げてしまった炯は、旭希の腕の中で離せと身を捩る。嫌がる両腕を捕らえ、旭希は炯の手をベッドに押し付けた。
「駄々捏ねるなって」
「はははっ!今度は子供扱いか?!」
「違う、悪かった。頼むから暴れるな…するんだろ…」
 いつもより低い声で囁くと、今まで苛立たしそうに暴れていた炯がひくっと肩を震わせて、おとなしくなる。なのにじろりと見上げてくる視線は、まだ不満そうだ。
「炯…頼むよ、なあ。愛してるんだ」
「知ってるって」
 むくれた口元を舐められ、炯は溜息をつく。
「わかったよ」
「なんだ?」
「不安なのは、旭希の方でしょ。…一回しか言わないから、よく聞いといて」


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