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[Novel:09] -P:04-


 威嚇するように名前を呼ばれても、炯がふいっと視線を逸らせたりするから。鷹谷は慌てて離れようとする炯を許さずに、ソファーの上へ引きずり上げる。
「ちょ、待って下さいっ」
「お前も学習しない奴だな」
「鷹谷さんっ」
「私がお前に待てとせがまれて、待ってやったことがあるか?」
 ないけど!
 ないけど、ちょっと待ってって!

 鷹谷は逃げようとする炯の手を強く押さえつけ、唇を塞いだ。むりやり舌を割り込ませて、口腔を舐めまわしてやる。
 さっきまでタバコを吸っていた鷹谷の唇が甘くて、炯は眉を寄せ嫌がるけど。確かに、初めて抱かれたときから、イヤだと言って許してもらえたことなどない。
「んんっ!んーッッ!!」
 怯える舌を絡め取られ、強く吸われる。神経がそこへ集中していくと、身体中が剥きだしになったように敏感になっていく炯を、鷹谷はよく知っている。
 炯の身体をこんな風にしたのは、誰でもない鷹谷自身だ。
 体重をかけ、炯の自由を奪ったまま唇を開放してやった。
「あっ…ああ、や…あっ」
 肩を竦め、怯えるように震える炯の唇は、開放されても喘ぐ以外の役割を果たさない。
 拘束を解かれたのに少しも動かすことの出来ない手を引かれ、丁寧に指を舐められると、もうそれだけで炯の身体は火がついてしまう。鷹谷はずるりと炯の指を引き抜いて見せてやった。顔を背ける頬が、少しずつ染まっていく。

 こんな表情を見せつけられて、その気にならない男はいないだろう。自覚のない美しい顔が、恥ずかしげに、けれど淫猥に、物足りない唇を舐めていた。
「欲しいか?炯」
 するりと身体を撫で上げる鷹谷の囁きに、あっ、と小さく喘いだ炯は、片膝を立てて擦り寄った。さんざん快楽に慣らされた身体は、わずかに腰が浮いてしまっている。
 鷹谷は炯のジーンズを素早くずらせ、シャツも胸の上までたくし上げた。空調がかかっていない室内の、冷たい空気に身体を剥きだしにされて、炯の肌は過敏に粟立ってしまう。
 びくびく震える身体が、鷹谷の手を待ちわびて少しずつ染まっていった。肌が白いせいか、桜色に変わるその変化は、いつだって鷹谷を魅了する。
 酷くして、傷つけてしまいたくなる。何度も烙印を押して、所有権を主張したくなるのは、鷹谷だけではないのだろう。
 胸元に、薄い腹に、きわどいところにも。鷹谷と同じことを考えた誰かが、それを刻んでいる。
 まだ消えない、旭希のつけた痕。
 鷹谷は少し眉をひそめ、胸の突起から触れて欲しそうに頭をあげているところまでを、愛撫というには頼りない仕草でゆるゆると撫でてやった。
「あ、ああっ…や、やあっ」
「して欲しいか?炯?」
「たかやさんっ、はやく、もっ…!」
「だったら、言いなさい」
「や、あ…あっ…」
「言うんだ、炯。誰に抱かれた?この痕は、誰がつけたものだ」
 触って欲しがるところには触らず、キスマークのついているところだけを引っ掻くように探していく。
 炯は首を振って抗った。鷹谷という人がどんなに恐ろしい男か、身をもって知っている。旭希の存在を知られ、彼に迷惑をかけるかもしれないと思うと、その名は絶対に告げられない。それでも背筋を這い上がる快楽に捕らわれると、抗う理由がどんどんわからなくなっていってしまう。
 ただ首を振るだけの炯に、鷹谷は苛立った様子もなく、肩を竦めた。
「仕方のない奴だ」
 手を伸ばして、さっき解いたばかりのネクタイを引き寄せた。何をする気だと目を見開く炯の手を頭の上に纏め、縛り上げてしまう。
「たかやさんっやめ…!」
「言いたくないんだろう?」
 炯をそのままにして、鷹谷は新しいタバコに火をつけた。ゆっくりと紫煙が上がる。タバコを咥えたまま立ち上がり、炯を放り出してキッチンに入っていった鷹谷は、シングルモルトのボトルを手にして戻ってきた。
 頬を染めて涙を浮かべる炯を見下ろしているのは、侮蔑の混ざった視線。淫蕩な性を見透かされているような気がして、炯はきゅうっと目を閉じた。
「どうした?何か言いたそうだな」
 ふるふると髪を揺らせる炯に、もう抵抗する気なんかないと判っているけど。鷹谷はそのままテーブルに座って、ボトルに口をつけた。
 もどかしげに目を開けた炯は、長い足を組んでボトルを傾ける鷹谷の、嚥下する喉元に視線を吸い付かせる。
 いつもは隙のない立ち居振る舞いを見せる鷹谷が、そんなふうに乱暴な所作を見せるなんて。無造作に髪をかき上げる仕草は、やたらと印象的だ。
 最初にそう思ったのは、初めて会った夜。あの時こんなことになるなんて、炯には考えもつかなかった。
「あ…あ、ぁ…」
 小さく声を漏らし、乾いてしまう唇を何度も舐める炯に、鷹谷は口の端を吊り上げる。
「何も言いたくないんだろう?」


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