[Novel:03] -P:09-
その筋の者でも、鷹谷を正面から見つめるなどという芸当、出来る者は少ないのに。圧倒的な鷹谷の視線に怯え、ガタガタと震え出す男たちを何人も見てきた橘にとって、一切怯える様子もなく鷹谷に向き合う炯は、奇異なほどだ。
「これでも僕は、父親ですから。佐久間さんの心配は理解できます。…でもね、鷹谷さん。自分の娘を勝手に調べられて、笑ってられるほど馬鹿じゃないつもりですよ?」
甘えたり拗ねたりしてみせる炯とは、まったく違う表情。一歩も引かない視線を、鷹谷は愛しげに観察している。
自分と正面から向き合い、これほど落ち着いて何かを要求できる人間が、何人いるだろう?昨日、鷹谷の腕の中で泣いていたのとは、まるで別人だ。
ふっと表情を緩めた鷹谷は、炯の突き刺すような視線に首肯を返した。
「わかった」
「今年で終わりにしてもらいたいですね」
「オヤジには私から伝えよう」
炯が言い出さなくとも、もう調査の必要などないはずだ。旭希に害をなす人間ではないことなど、誰の目からも明らかなのだから。
あっさり了承した鷹谷に、炯はほっと息をつき、ソファーに身を預ける。メガネを外して、疲れたように目元を強く押さえながら「それで?」と続けた。
「まだ何かあるのか?」
「誤魔化さないで下さいよ。旭希とあなたの関係、聞いてません。佐久間さんの部下と、佐久間さんの息子。ってだけじゃないんでしょう?」
メガネをかけ直し、旭希を見上げる。炯が鷹谷に交渉している間、ずっと旭希は鷹谷を睨みつけていた。
「…旭希?」
「どうして、炯に手を出した」
血を吐くような、暗い声。今にも飛び掛りそうな旭希の表情に、何かを言いかけた炯は口を噤む。
鷹谷は平然と旭希を見つめていた。
どんなに嫌っていても、旭希の激しい本性は彼の父親と同種のものだ。
そう、昔から。
旭希は鷹谷の敬愛している男と同じ業火を、身中深くに宿している。逆らう者を一瞬で焼き尽くす、凄まじい炎。普段は穏やかな仮面に隠されているが、彼らは誰であっても、けして裏切りを許さない。裏切り者は例外なく、容赦ない炎に飲まれるのだ。
父親と同じ炎を飼っているくせに、旭希は父親よりもなお強固な仮面で、炎を押さえつけようとしている。甘えたことを、と。鷹谷は唇の端を吊り上げた。
「とくに理由はありませんよ。あえて言うなら、面白そうだと思ったくらいだ」
わざと怒らせるような鷹谷の言葉が理解できずに、二人を見つめる炯は眉を寄せた。
「ふざけるな…!」
さっきまで炯に握られていた手で、今度は旭希の方が炯の手を掴む。
「いい加減、うんざりするな。なにも変わっていないのか?!それはヤクザの道理だと、あの時も言ったはずだ!」
「旭希?」
旭希は掴んでいた手を引いて、まるで守ろうとしているかのように炯の身体を抱き寄せた。
困り果てて見上げる炯の視線に、思い出すだけでも胸の中が、苦々しいものでいっぱいになるような、鷹谷との過去を吐き出す。
「彼は、オレの家庭教師だったんだ」
「…聞いたことないよ、そんな話?!」
旭希に家庭教師なんて。
唐突な過去話に驚いて、炯が二人を見比べる。鷹谷も否定はしなかった。
「ほんの数ヶ月だったからな。母さんが連れてきて、知り合いの息子さんだと言ったんだ。…信用してたら、親父の手先だった」
「手先、ね」
「手先だろ、違ったか?!あんたはオレが佐久間の家に行くよう、説得する為に近づいたんだ!」
旭希は忘れられない。兄が出来たようで嬉しかった時間と、父の手の者だとわかったときの絶望。
自分より年上で頭が良く、仕草一つまで洗練されている鷹谷に憧れていた。落ち着いた声で話を聞いてくれる鷹谷を信じ、旭希は思い悩むたくさんのことを話していた。
友人こと。炯のこと。そして、父のことを。
全ての事情を知ったとき。それでもなお必死に鷹谷を信じようとした旭希に、彼は「オヤジの命には逆らわない」と。平然とした表情で言い切ったのだ。
まだ少年だった旭希の心はズタズタになり、父親までも憎んで。
父から与えられる全てを拒絶するようになったのは、その時からだ。
「…炯を、どうするつもりだ」
同じ思いだけはさせたくなくて。
鷹谷を睨みつける旭希は、泣きながら鷹谷を殴ったときと、同じ顔をしていた。
「どうせ気の済むまで弄んだら、傷つけて放り出すんだろう?!」
強い瞳で対峙する旭希に、鷹谷は笑う。
「そうだとしたら?」
「炯だけは、お前の好きにさせない!」
「……お前はどうするんだ、炯?」
突然話を振られて、炯はうろたえた。
旭希の言葉はそのまま、炯の不安だった。