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[Novel:11] -P:05-


 炯は、とても弱くて。
 原稿に詰まった時はいつも、誰にも吐き出せなくて、一人全てを抱え込もうとする。そのうち持ちきれないほどの重責に悲鳴を上げ、傷ついて。でも……彼はいつも、自分の役割を見失わないから。
 そんな風に遠回りしてでも、やるべきことに戻ってこられる炯を、旭希は芯の強い男だと思っていた。愚痴をこぼしても、傷を見せ付けられたことはない。一度疲れ果てると、どん底まで落ち込み、しなやかに伸び上がってくる。
 劇団が大きくなるにつれ、炯の責任は重くなるばかりだけど。今まではそうして、乗り越えていた。
 ――何が、違う?
 旭希は傷つき壊れていく炯の後ろに、鮮明な一人の男の存在を感じている。毎日のように、その男の名前を思い出す。
 炯を渡さないといきり立った自分とは違い、笑みさえ浮かべて炯の背中を押した人。最後の時、彼は愛しくてたまらないと言いたげに、炯を見ていた。

 車を家の駐車スペースに停めた旭希は、思ったよりしっかりした足取りで家に入っていく炯を、玄関を上がる前に引き止めた。
「どうかした?」
「キス、したい。いいか?」
「…どうしたの」
「したいんだ。嫌か?」
 なにか、必死な様子の旭希に炯はにこりと笑う。
「そんなはずないでしょ」
 そっとメガネをはずし、旭希の顔を見つめて目を閉じる。柔らかな感触が触れると、張りつめていたものが溢れてきたのか、炯は自分から旭希にしがみついてきた。
「ん…っ、ん…ふ…あ、さき…」
 煩わしげに靴を脱ぎ捨て、ベッドまで行くのも面倒だとばかりに旭希は炯の身体を探った。指先が震えて、かちゃかちゃ音がするばかりのベルトを外すことさえできない。炯は旭希の手をやんわりと止めた。
「待って…」
「炯、オレは…」
「違う、待って…。自分で、外すから」
 手にしていたメガネをそっとシューキャビネットに置いて、うつむきがちなまま炯は自らベルトを緩め、釦を外している。旭希はコートも脱がないまま炯の前に跪いた。ジッパーにかかった指を押しのけ、性急に炯のものを導き出して口に含んだ。
「あ、あ…っあさき…」
 甘く喘ぐ声を聞きながら、口の中に頬張って舌を絡め、指を使って扱いてやる。ぐったりと本人のように力なく項垂れていたものは、出し入れする旭希の唾液に濡らされて、少しずつ形を変えていった。
「んっ…ゃ…あ、あ…」
 炯の指が、躊躇う心を伝えるように、旭希のクセのない髪を柔らかく引っ張った。
 こんななりふり構わないやり方、旭希には似合わない。
 二人で暮らすようになってから、こんな乱暴に旭希が炯を求めることはなかった。旭希は必ず炯の身体を思いやり、心が落ち着いて、受け入れられるようになるまで待っていてくれる。
 ……そんな優しさすら、炯を追いつめているのだと。旭希が気付いたのは、最近のことだ。
「炯、後ろ向いて」
「……あさ、き」
「向いてくれ」
 頼んでいるのは、言葉だけ。強引に炯を壁へ縋らせ、旭希は炯の後ろに舌を差し入れた。
「あ、やめ…!あさきっ」
 聞く耳を持たない旭希の態度に、炯の身体は震えていた。怯える様子を見ていたくなくて、旭希は目を閉じる。
 まだ狭く旭希を受け入れられないそこへ、舌を差込み唾液を擦り付けて、本能のまま炯をメスにしてしまうようなやり方。旭希はこんな風に、炯と抱き合いたいわけじゃない。炯と分かち合いたいのは熱くて、優しい時間だ。炯だってそうだろう。
 でも、それじゃダメだ。
 そうやって思い遣れば思い遣るほど、炯は自分を傷つける。今の炯は、支えあう相手を求めているんじゃない。炯が求めるのは、どんなに暴れて泣き喚いても、けして揺るがない相手なのだ。
「や、やだ…あさきっ、や…っ!ああっ」
 押し広げたところに、熱く猛っているものを宛がった。いっそ奴の名前を呼べばいいと、熱を持て余す身体を裏切って、旭希の頭は冷たくなっていく。
「息、吐けよ」
「や…まだ、むりだ、て…」
「入れたいんだ」
「あさき…あさきっ」
 首を振って嫌がる炯の頭を壁に押し付け、腰を引き寄せた旭希は一気に奥まで貫いた。
「ひ、あっっ!あああっっ!」
 悲鳴を上げ、ぎゅうっと締め付ける炯に、旭希は眉を寄せる。痛いと感じるのは、繋がっているところじゃなかった。
 こんなこと、したくない。
 こんな風に炯を抱きたいわけじゃない。
「け、い…」
「…ったい、あさき!やだっ」
「っ…!」
 縋るように呼ばれる名前は、自分のものだから。炯はどうしたって旭希を、あの男と同じようには思えないだろう。


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