>>NEXT

[Novel:13] -P:05-


 泣き疲れ、肩を震わせながら顔を上げた炯は、変わらぬ表情の鷹谷に口づけられた。
 甘い唇。
 嫌いなはずの味に酔って、鷹谷の唇を舐めると、彼は目を細めて笑っていた。
「私と会えない間に、吸ってみたか?」
 指に挟んでいたタバコを咥えさせられて、炯はちょっと照れたように眉を寄せ、頷いた。甘いフィルターは、やっぱり苦手だ。
 鷹谷は炯に吸わせたブラックストーンを口元から抜き取ってやって、気にした風もなく咥える。
「吸ってたけど…甘かったです」
「だろうな」
「あと、きつかった」
「いつもあんな、軽いタバコを吸っているからだ」
「だって…本数が多いからって、うちのスタッフが許してくれないんですよ」
 ヘビースモーカーというよりもチェーンスモーカーという方が相応しい炯に、身体に悪いからと、周囲が銘柄を変えるよう迫ったのは、まだ大学生だった頃。その時は頼りない味に、いっそタバコをやめてやろうかとも思っていたけど。不思議と今では、いつものメンソールに身体が慣れてしまっている。
「私も橘に言われるな」
「…なんて?」
「本数を減らすか、銘柄を変えろと。社長室が煙たくて仕方ないんだそうだ」
 その時の様子を思い出したのか、鷹谷は可笑しそうに笑っている。
「聞いてあげないんですか?橘さん、タバコ吸わないんでしょう?」
「タバコを吸うたびに外へ出てもいいんだと言ったら、翌日には空気清浄機を持ち込んだぞ」
「あはは、橘さんらしいな」
 彼がどんなに仕事の鬼かは、炯もよく知っている。
 鷹谷が気晴らしに炯を誘うから、迎えに来る橘はよく、こんな時間はないんだと漏らしていた。明日の会議は絶対に外せないから、どんなワガママを言われても朝には部屋から追い出してくれ、などと頼まれたこともあるくらいで。
 僕の言うことなんか聞きませんよ、と炯が答えるたびに、「知ってます」と不満そうな橘は答えるのだ。
 その時の受け答えを思い出して、くすくす笑う炯を眺め、鷹谷は灰皿にタバコを押し付けた。
「せっかくこんな山奥まで来たんだ。風呂に入るか」
「え……」
 それはつまり、昨日旭希に痕をつけられまくった身体を鷹谷に見せて?
 うろたえる炯の腕を掴み、鷹谷は立ち上がる。どうせ炯の言うことなど、聞いてくれはしないのだ。
「服のまま放り込まれたいか?」
「…脱ぎます。脱ぎますから!」
「旭希さんも、そのつもりで痕を残したんだ。気にすることはない」
「…僕は気にするんですけど…」
「それは、いいことを聞いたな」
「鷹谷さんっ!」
 真っ赤になる炯の腕を引き、にやにや笑いながら鷹谷は歩き出す。この部屋の専用になっている露天風呂を見れば、炯が驚いてまた夢中になるのはわかっていた。



 部屋についているとは思えないほど広々とした露天に、炯が目を輝かせたのは言うまでもない。とろりとした掛け流しの温泉に身を沈め、誰もいない川を眺めて一息ついていると、後ろから近づいた鷹谷に抱き締められた。
 身体の隅々まで、旭希のつけた赤い痕を探される。ここにもある、こんなところにもと。
 鷹谷の痺れるような低い声で教えられて、巧みな指で探られると、あっという間に炯は追い上げられ果ててしまった。してやったりと笑っている鷹谷の硬い髪を引っ張り、炯は赤い顔で拗ねて見せる。
 湯の熱さと触れ合う鷹谷の体温で、炯の身体はしだいに火照っていった。しかし訝しさと物足りなさで見上げる炯に、鷹谷は笑っているばかりだ。ただ身体を弄られ、唇を重ねるだけで、それ以上のことはされないまま。
 身体を気遣われているのか、それとも他に思惑があるのかはわからない。戸惑って逞しい肩に触れた炯の手を、優しく引き離して。鷹谷は何も言わず、風呂から上がった。

 手を通した浴衣は品のいい柄で、女性ならきっと喜ぶのだろうが。炯は目の前の鷹谷を見つめ、肩を落としてしまう。やはり彼ぐらいのガタイがなければ、浴衣に着られているようにしか見えないのだ。
 がっしりと鍛えられた肩に、深い色の浴衣がよく似合う。鷹谷の広い背中にさえも余裕があるように見えた浴衣。ということは、自分にはどれほど余っているのかと思って。
 髪を拭かれたとき、浴衣の袖からのぞいた鷹谷の腕は、炯の二倍くらいあるように見えた。我知らず熱を覚えて唇を舐めた炯に、鷹谷は「後で食わせてやるから、今は飯にしておけ」と笑っていた。

 鷹谷から連絡を受けて、女将が自ら運んできた食事は、多めの前菜が何種類も並ぶようなもので、温泉旅館にありがちな豪勢さはない。それでもメインを肉にしてあったのは、きっと鷹谷への配慮だろう


>> NEXT

<< TOP