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[Novel:14] -P:07-


 かつて一人で滞在していたとき、部屋で観ていたDVDのことを沙木に聞かれ、貸してやったのは自分なのだし、DVDを気に入ったと言う沙木にAZのことを話してやったのも鷹谷自身。原稿に没頭する炯がAZの脚本家だと気付いたときの、沙木の楽しげな顔と言ったら。固く口止めしておけば良かったと、いまさら悔やんでも仕方ない。

 じゃあ炯に聞きます、と旭希が答えるのを聞かないふりでやり過ごしている、鷹谷の自己嫌悪など知る由もない旭希は、少しだけ鷹谷の方へ身を乗り出した。
「お前、今日の打ち上げどうするんだ?誘われてるんだろ」
 聞くと、鷹谷は苦笑を浮かべる。
 今でも誰だろうという、好奇心に溢れた声がいたるところから聞こえているのに。そんなところへのこのこ顔を出しては、興味本位で何を言われるか、わかったものじゃない。
「さすがにね。今日は女将のお供ですよ」
 そうなんですか?と旭希が視線を沙木に移すと、女将は柔らかく笑っていた。
「東京まで出てくることなんて、めったにありませんから。鷹谷様がお買い物に付き合ってくださると仰ってますの。二階堂さんによろしくお伝えくださいね」
「楽屋へだけでも顔を出されてはいかがですか?炯も喜ぶと思うんですが」
「ごめんなさい、夫も一緒なんですよ。今は一人で友人と会っているのですけれど」
 待ち合わせをしてしまっていて、と。申し訳なさそうな顔をする。
「わかりました。では、オレから伝えておきます」
「お願いしますね」
 にこりと微笑む沙木の向こうに、炯の両親が見えた。失礼、と立ち上がる旭希が二人の前を通ろうとしたとき。鷹谷は忘れないうちに渡しておきますよ、と凝ったデザインのカードキーを旭希に渡した。
 ホテルの名前と部屋番号を確かめ、旭希はそれを受け取って懐へ仕舞う。
「本気だったんだな」
「当然でしょう。明日の夜、お待ちしています」
 にやりと笑う鷹谷に肩を竦めてやって、旭希は彼らのそばを離れた。





 AZの舞台が、大喝采の元に幕を下ろしたのは昨日のこと。当日のうちに行われた狂乱の打ち上げに顔を出した旭希は、途中で抜け出して一人帰宅した。あんな酒宴、とてもじゃないが下戸の旭希では付き合っていられない。
 翌日が仕事の日は、いままでも大抵そうして、炯を置いて帰っていた。朝まで飲んでいるに違いない彼は、どうせ仕事場か稽古場に仲間達となだれ込んで寝てしまうだろう。

 今日の業務を滞りなく終わらせ、旭希が向かった先は鍵を預かっているホテル。鷹谷はこの部屋を、年間通して押さえているのだとか。カードキーに記された部屋の前、旭希は一度深呼吸してから、キーを通した。

 鷹谷から提示された条件は、ここでの悪趣味な遊びに付き合うこと。

 中はジュニアスイートの名に恥じない、広々とした一室。ぱたりとドアを閉めた旭希の耳に、艶めかしい声が届いていた。
「あ、あ…やっああっ!も、ゆるして…ねがっ!たかや、さん…」
 濡れた炯の声。コートを脱ぎながら声のほうへ向かった旭希は、気が遠くなるような情景に溜息を吐く。
「時間通りですね」
「悪いかよ」
 上着を脱いだだけの鷹谷が、窓際のソファーに足を組んで座っている。一歩も動かず旭希を迎えた。
「とんでもない。炯、助けてもらったらどうだ?」
 手近にあった椅子へコートと上着をかけてしまうと、旭希は困ったような表情でベッドへ目を遣った。
「う、そ…あさき?!」
 目を見開く炯は、全裸でベッドに転がされ、汗で濡れた前髪を額に張り付かせていた。涙を浮かべた瞳は、信じられないというように、旭希を映している。
「ど…して……」
「呼ばれたんだよ」
「や、みないで…やだぁ…っ」
 頬を染めて身を捩るけど。後ろ手に縛られている状態では、どうすることも出来ない。
 震える身体は、遠目に見てもわかるほど前も後ろも濡れていた。いつからそうして放置されているのか知らないが、はちきれそうになっている前が零したものだけで濡れているとは思えない。
「何をしたんだ?」
「まだ何も」
「何もって状態か?これ」
「ああ…ただの媚薬ですよ」
 そう言って、鷹谷が旭希に放って寄越したもの。シンプルで真っ白い、ラベルさえも貼られていない小さなプラスチック容器は、開けてみると何か、甘い香りのするクリームが入っていた。
「…ヤバいものじゃないだろうな」
「まさか。お遊び程度のものですよ。お疑いなら差し上げますから、二人のときにでも使ってみたらどうです」
「趣味の悪い…」
「今更でしょうが」


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