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[Novel:14] -P:11-


 中のものをひとつ取り出した、鷹谷の手元。想像した通りの塊を目にして、旭希が訝しげに眉を寄せる。
「どうするんだ?それ」
「使ったことないんですか?」
 鷹谷はぴりぴりと銀色の紙を破った。現れた塊を咥え、旭希から炯を引き離す。鷹谷の咥えているものが何かを知っている炯は、力の入らない身体を捩ったけど。しがみついた旭希に守ってもらえなければ、為すがままになるしかない。
「やっ…!んんーっっ!」
 ……重なった唇の間で押し込まれたのは、甘い甘い塊。有名なショコラティエが作る高級チョコレート。甘いものの嫌いな炯が、何より苦手としているのはこのチョコレートだ。
 嫌がる手を押さえられ、強い力で抱きしめられたまま、鷹谷の舌に押し込まれたチョコレートは、炯の口の中でゆっくりと溶けていく。
 指先が白くなるほど鷹谷のシャツを握り締めていた炯は、しばらくするとおとなしくなり、そのうち全身の力を抜いて鷹谷に寄り掛かった。
「炯?!」
「…特異体質なんですかね」
 ずるずると崩れていく炯の身体を支えた鷹谷は細い身体を旭希に預けると、何事もなかったかのようにベッドを降りてしまう。
「イッた直後に食べさせると、気を失うんですよ」
「はあ?!…炯、おい炯?」
 旭希は何度か呼びかけ身体を揺すってみる。しかし確かに、ぐったりとした炯は目を開けようとしない。しかも顔を覗き込んでみると、苦しそうなところは全くなく、どこかうっとりとした表情で薄く唇を開いているのだ。旭希はしばらく炯を見つめ、溜息を吐いた。
「…そういえばチョコレートって、昔は媚薬として使われてたんだよな…」
 そのせいなのかどうかは、旭希にも鷹谷にもわからない。もちろん、炯にもわからないだろう。ただもし理由がそこにあるなら、炯が甘いものを嫌うのは、食べた快楽に酔い過ぎるからなのかもしれない。目を閉じて甘い息を吐いている炯は、そう思わせるだけの恍惚とした色を浮かべていた。
 今までまったく知らなかった炯の一面に、旭希は笑みを浮かべる。
 炯のことなら何でも知っていると思っていたけど。この甘い身体を抱いてから、教えられることのなんと多いことか。知るたびに、旭希はいっそう炯に溺れていく。
 弛緩しきっている身体をゆったりと寝かせてやって、旭希は鷹谷を振り返った。すっかり身支度を整えてしまっている鷹谷には、さっきまでの淫らな時間を思わせるような隙など、どこにもない。
「…お前、どこ行くんだよ?」
「仕事に戻るんですよ」
「このまま、仕事?」
「ええ。明日が期限の書類に、追われていましてね」
 時計を嵌め、ネクタイを締めて。乱暴に髪をかき上げてしまうと、行為の余韻など微塵も感じさせないビジネスマンが仕上がっていた。
「…鷹谷」
「なんですか、旭希さん」
「お前、実はバケモノだろう」
 呆れ返る旭希の声。
 そうかもしれませんね、と肩を竦める鷹谷は車のキーを手に歩き出す。
「この部屋にチェックアウトはありませんから。いつまででも、ご自由に」
 ベッドサイド、まだ残っているチョコレートの箱を勝手に取り上げた旭希は、じろりと鷹谷の背中に目を遣った。
「最初で最後だ。わかってるな?」
 尖った旭希の声に、ドアノブを握ったまま鷹谷が振り返る。
「最初で最後なんですか?」
 誰が決めたんです、なんて。平然と返され、旭希はいっそう目つきを鋭くしたが、意に介した様子のない鷹谷を見ていると、だんだん笑いがこみ上げてきた。
「とりあえず、そういうことにしとけよ」
 呟き、箱から取り出して剥いたチョコレートをひとつ、口に放り込んで噛み砕いた。
「…炯が起きたら、昨日の舞台は最高の出来だったと伝えて下さい」
 旭希の言葉を肯定も否定もせず、鷹谷は部屋を後にする。
 たぶん、きっと。意地悪で素直じゃない鷹谷が炯に伝えてやりたかったのは、この言葉なんだろう。大きな仕事を成し遂げた炯のことを、旭希以上に評価している鷹谷。だからこそ旭希がどれほど挑発しても、今日だけは炯の身体を気遣い、自分まで蹂躙したりはしなかった。
 自分で言えよと零した旭希は、口の中を痺れさせるようなチョコレートに眉を寄せる。
「…甘いな」
 鷹谷も、自分も。愛しくてたまらない者に、救いようもなく溺れている。
 旭希は目を覚まさない炯に口づけた。いつもならココアを飲んだだけでも、キスが甘いと文句を言う炯なのに、いまは夢うつつのまま、艶めかしく自分の唇を舐めている。
 お前本当は甘いものが好きなんだろ?と囁いた旭希は、誰のことだろうと考えて、苦笑いを浮かべた。



【了】


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