甘く接吻けて【特集】後編 P:01


 二階堂炯(ニカイドウケイ)が高沢旭希(タカザワアサキ)に出会ったのは、中学生の入学式。

 初対面で旭希に睨みつけられた炯は、今まで自分の周りにいなかった、彼の態度に興味津々で入学式以来ずっと、拒絶する旭希に付きまとっていた。
 どうしても旭希に構いたい炯と、炯を自分から引き離しておきたい旭希は、中学生活が始まってからもしばらくは平行線。
 ……そのはずだったのに。

 生徒会長の一条(イチジョウ)から強引に生徒会入りを要求され、断る面倒さよりも、旭希を巻き込んで楽しむことを選んだ炯は、放課後の校舎で旭希の姿を探す。
 そんな炯の元に届いたのは、あまりに切なく炯を惹きつける、ピアノの旋律。
 近づいてくる音にふわふわと引き寄せられ、旭希を探していたことも忘れて耳を傾けていたら、音楽室のドアを開けて、探していた張本人が現れたのだ。
 
 
 
 まさか人がいるとは思っていなかったのか、旭希の方も驚いた顔をして立ち止まった。オマケにそこにいたのはいつも煩い炯で、しかもその炯が黙って自分を見つめているなんて。
 じっと炯を見返していた旭希は、その目元がわずかに赤くなっているのに気付くと共に我に返り、いつも通り不機嫌そうな表情を浮かべて歩き出そうとした。

 行ってしまう、と。思った瞬間、炯は声を上げる。
「生徒会っっ!!」
 その一言は、旭希の足を止める役割を十分に果たしていたけど。咄嗟に叫んだからとはいえ、あまりにも意味不明。炯が何を言っているか、全くわからなかったのだろう。旭希が怪訝な表情で振り返る。
「……は?」
 当然の答えだ。それでも炯はまんまと相手の足を止められたことに満足して、立ち去りかけていた旭希に小走りで近づき、彼の前へ回り込んだ。
「えっと、だからね。生徒会、入らない?」
「…何言ってる?わけわかんねーよ」
 いつにもまして不機嫌そうな顔。しかし周囲に誰もいないせいだろうか?珍しく旭希が、炯に答えてくれた。
 久しぶりに聞いた、旭希の声。
 炯は嬉しそうに微笑む。
「今のピアノ、高沢くんが弾いてたの?吹奏学部とかコーラス部とかだっけ?」
 聞かれていたのか、と渋い顔になった旭希は「いや」と小さく呟いた。
「今日、この教室使うクラブって休み?…一人、だよね」
 旭希の肩越し、炯は空きっぱなしのドアから音楽室の中を見つめる。ちっと軽く舌打ちした旭希は、溜息を吐いた。
「体育館の方使うって聞いたから、先生にカギ借りたんだよ」
「そっか…高沢くんのクラスって、担任の先生、音楽だっけ」
 こうして二人だけで話すのは初めてだ。炯の柔らかい声を聞いていると、つい素直に何でも答えてしまいそうになって。旭希はきゅっと唇を噛み、ちらりと炯に視線を遣る。
「…生徒会が、なんだって?」
 それ以上、ピアノの話を続けたくない旭希の態度は、あからさまだったが。炯は、そうだった、と音楽室から旭希に視線を戻した。
「あのね。僕、生徒会長の一条先輩に生徒会で手伝いをしてくれって、誘われたんだよ。でもほら、今だと一年生って僕だけじゃない?居心地悪いからイヤですって言ったらさ、一条先輩がもう一人誰か誘えばいいだろって。諦めてくれないんだ」
「…………」
「だから、高沢くんどうかなって」
 当たり前のことを話しているような顔で、炯がにこにこ笑うから。旭希は鬱陶しげにため息をつく。
「……なんでオレなんだよ」
「うん?」
「一条との話はわかったけど。だからって、なんでオレなんだ」
 これこそ当然で、当たり前の返答なのだが。炯は意味が分からないとでも言いたげに、首をかしげて旭希を見上げた。
「なんでって。高沢くん成績いいしさ、帰宅部でしょ?それに、僕は高沢くんがいいんだよ」
 あまりにワガママな結論を言い放って、炯は両手を合わせると「ね、お願い」と近づいてくる。間近に迫った炯のきれいな顔。旭希は目をそらせ、息を吐いて一歩後ろへ下がった。
 どうにも、炯はわかっていない。誰かから聞いているだろうとは思うのだが、そろそろハッキリさせた方がいい。ゆっくり息を吸った旭希は、入学式の日以来はじめて、まっすぐに炯を見つめた。
「?…なに?」
「オレの父親は、ヤクザだ」
 大嫌いな父親のこと、自分で口にするのは旭希にとって随分と覚悟の入る作業だったのだが。言われた方の炯は、相変わらずきょとんとした顔で、旭希を見つめている。