特集[出会い] - 甘く接吻けて【0.0】
ストーリー概要@

 


■旭希×炯 中学生 炯視点 学ラン

■時間:現在
今日は鷹谷との約束の日。旭希が出勤している間に家を出ることは、既に伝えてある。「いい加減、支度しないとなあ」炯がそう思っている時、まだ帰ってくるはずのない旭希が戻ってきた。「どうしたの」驚く炯に、真っ青な顔をした旭希は、体調が悪くて早退してきたのだと答える。
気にしないで行ってこい。そう言ってはくれるけど。心配で後ろをついて回る炯は、何の役にも立たないが勝手におろおろしている。旭希は自分で着替え、薬を飲み、氷枕を用意して、ベッドに入った。
「本当に、大丈夫だから。行っておいで。…でも鷹谷には言うなよ?あいつに心配されるなんて、冗談じゃない」
すうっと眠りに落ちていく旭希の傍らで、炯は携帯電話を取り出した。何も出来ないけど、さすがに今日はキャンセルしよう。目が覚めたとき、自分がいたら少しは喜んでくれるだろうか。旭希を見つめ、炯はふと彼のクセのない前髪をかき上げてやった。
「何て言うか…育ったよねえ」
目を閉じていると、きつい眼差しが隠されて、少しだけ幼さが窺える。そう、まるで初めて出会った、中学生の頃のように。

■時間:中学時代、入学式
中学時代の炯は、旭希の言うとおり絵に描いたような美少年だった。柔らかい線で描かれた華奢な肢体と、まだ眼鏡で隠されていなかった整った顔立ち。他人の注目を浴びるのも、人から興味を持たれるのも、自覚していたけど。自分が人とは違うなんて、考えてもいなかった十三歳。
炯と同じ地元の公立中学へ進学していた旭希は、また別の意味で目立っていた。周囲から漏れ聞こえる「怖そう」という声。遠巻きにされていた旭希に目を遣った炯は、自分を見ていた彼と思いっきり目を合わせてしまった。
こんなときの処世術は心得ている。炯がにこりと笑えば、たいていの者は赤くなるか、笑い返してくれるか…自分とは思わずに慌てて目をさ迷わせるか。わかっているからこそ、にっこり微笑んでみたのに。旭希は、きつい視線で睨みつけてきた。
驚いた。本当に。そんな、自分が美少年だなんて自惚れてはいなかったけど。まさか理由もなく、初対面の相手に睨まれるなんて。
――面白いなあ、こいつ。
興味を引かれて旭希の名前を覚えたのが、最初の出会い。
二人は言葉も交わさなかったけど。

■時間:中学時代、春
旭希とはクラスが違っていた炯だったが、なにかと彼に話し掛けていた。確かに彼は周囲の「怖そう」という言葉を裏切らず、無口で無表情。でも炯は、同級生達が言うように「いつも怒ってる」とか「怖い」とは思わなかった。なんだか懐かないワンコに構っている感覚なのだ。
常に誰に対してでも「広く浅いお付き合い」を実践していた炯なので、とくに旭希と親しくなりたいと思っていたわけではない。ただ、あまりに懐かないから、噛まれる寸前まで手を出してしまうワンコ好きの気分だ。頭を撫でさせてくれれば、それで満足なのだろう。興味本位の炯を知ってか知らずか、旭希のとにかく冷たかった。何を言っても、言葉なんか返ってこない。あまりに冷たいから、余計に興味をそそられて炯が構う。構えば構うほど、旭希は態度を硬化させる。
広く浅い交友関係はどんどん広がっていくのに、旭希だけが懐いてこないから。炯の面白い毎日は、変わらず続いている。

■時間:中学一年生、夏休み前
炯の「広く浅い交友関係」から、一歩踏み出そうとする人物が現れた。生徒会長の一条だ。
「生徒会選挙に出ろなんて、まだ言わないからさ。とりあえず手伝いに来いよ」
彼には、炯の世間を笑顔で泳ぎきっているところや、言葉ほど親身ではない人との付き合い方が見抜かれている。二枚目でノリが軽く、人受けのいい先輩。相変わらずの曖昧な笑みで交わしている炯だったが、一条は執拗に生徒会へと誘いをかけていた。
「嫌ですよ。生徒会って、二年生と三年生ばっかりじゃないですか。僕が入ったって、浮いた存在になるでしょ」
居心地悪いから、と断りの言葉を口にする炯に対し、一条は「じゃあもう一人誘えばいいだろ?」と諦めてくれない。面倒になった炯のほうこそ、諦めてしまった。とりあえず生徒会室に顔を出せばいいなら、了承した方が手っ取り早い。
「わかりましたよ…行けばいいんでしょ」
「ありがたいな。もう一人は誰にする?」
言われて、炯はざっと自分の友人達を思い浮かべてみる。誰でもいいし、誰に言っても断られないと思うけど。誰かを選んだことで、相手が自分を特別な存在だとか思ってしまったら、それこそ面倒な話。でもそういう勘違い、旭希でもなければ誰に言ってみても同じだろうと。そこまで考えて、炯はにこりと笑った。
「高沢くんにします」
「高沢?って、高沢旭希か?」
「知ってるんですか?」
「そりゃまあ…有名だしな。親しいのか?」
「親しくはないですけど、誘ってみます。高沢くん、頭いいし帰宅部だし」
それに、旭希を知る絶好の機会だろう。何より話したとき、きっと嫌がるだろうから。そんな嫌がる姿を見てみたい。
「先輩は、反対?高沢くんじゃダメですか?」
ダメなら生徒会の手伝い自体をやめる、と言い出しかねない炯に、一条はにやりと笑って「構わないよ」と答えた。

■時間:中学一年生、上記放課後@
善は急げかな、と考えて。炯は一条と別れ、旭希のクラスに顔を出した。
「高沢くん、いる?」
「高沢〜?…鞄あるから、まだいるんじゃね?つか、お前まだあいつにちょっかいかけてんの」
少し嫌そうな同級生に、にっこり笑うだけの返事をした炯は「ありがとう」と言い置いて学校の中を歩き出した。
帰宅部の旭希を探すなんて、わけないと思っていたのに。図書館にも職員室にも医務室にも、彼の姿はない。あの人を寄せ付けない旭希に限って、友人と話し込んでいるなんてことはないと思うけど。まるで学校探検のように歩き回る炯は、なかなか彼の姿を見つけられなかった。
いい加減、疲れたなあと思っていた炯の耳に、ピアノの音が聞こえたのはそんな時。
音楽には全く造詣の深くない炯なのに、何故かその音には惹かれてしまう。楽器の音なんて、誰が奏でても同じだと思っていた。少なくとも何も習ったことのない自分には、聞き分けるなんて事は出来ないと。そう思っていたのに、聞こえてくる音は全然他のピアノと違って聞こえる。
ふらふら吸い寄せられて、たどり着いた音楽室の前。誰が弾いているのか知らないが、自分が中へ入ればその音が止まってしまう気がして、廊下に蹲った炯はじっと音に耳を傾けていた。ついさっきまで探していた旭希のことも忘れて。

■時間:中学一年生、上記放課後A
いつの間にか日が暮れ、夕闇が辺りを包み出した頃。ようやくピアノの音が止んだ。それでも余韻に浸っている炯がその場に座り込んでいると、思いもよらぬ相手がガラリとドアを開けた。
まさかな相手に、炯はびっくり。教室を出たところに人がいるとは思ってなくて、旭希のほうも驚いた顔をしている。
まさか人が、しかも炯が。驚いた旭希はしかし、すぐにいつもの不機嫌そうな表情を取り戻して、声もかけずに歩き出す。炯はふらつきながら立ち上がり、とにかく呼び止めなければと旭希に向かって「生徒会!」と声を上げた。
「…は?」
「えっと、だから。生徒会、入らない?」
「…何言ってる?わけわかんねーよ」
当然の返事に、炯は照れた笑みを浮かべた。
「あ〜…まあ、そうだね。あのね、僕生徒会長の一条さんに、生徒会入るように誘われてるんだけど。ほら一年生って僕だけじゃない?だから居心地悪いって言ったらさ、もう一人誰か誘えば?って言われて。だから高沢くん、どうかなって」
「…なんでオレなんだよ」
「なんでって、高沢くん成績いいしさ、帰宅部でしょ?それに、僕は高沢くんがいいんだよ」
ね、お願い。と手を合わせる炯に、旭希は溜息をついた。いい加減ハッキリさせておく必要がある。
「オレの父親は、ヤクザだ」
「そうだってね」
「そうだってね、ってお前な」
「?…だって、今は生徒会の話だし」
「同じ学校から上がってきた奴は、みんな知ってる」
「うん、僕も高沢くんと同じ小学校から入った子に聞いたよ」
「…何が目的でオレに近づくのか、知らないけどな。いい加減にしておけよ」
「目的?…だってそんな、僕だって一人で上級生に囲まれて生徒会室にいるの、嫌なんだよ」
「そうじゃない!生徒会云々じゃなくて…お前、生徒にも教師にも気に入られてんだろ。オレなんかと付き合ってると、お前の評価が下がるぞ」
だからもう、自分には近づくなと言おうとしていた旭希に、炯はきょとんと首を傾げた。
「下がると、高沢くんは何か困るの?」
「…………」
「困らないよね?僕も別に困らないし」
「お前……」
「困るって言えば、一人で生徒会に入らなきゃいけないほうが困るんだよね」
まさかそんなことを言い出す奴が現れるとは、思っていなかったのだろう。随分驚いた顔をしていた旭希だったが、ふいっと視線をそらせて「オレは無理だ。他をあたれ」とその場を立ち去った。


前後編に分けるなら、ここがいいんじゃないかと思ったり。