特集[出会い] - 甘く接吻けて【0.0】
ストーリー概要A
■時間:中学一年生、ピアノの数日後
相変わらずしつこい炯に、旭希の態度はいくぶん軟化している。
必要以上のことは話さない、無口な態度は相変わらずだったが、完全に無視されることもなかった。とくにピアノに関しては、何度も「聞かせて」と訴えてくる。
「聞かせてよ、ピアノ」「嫌だ」「じゃあ代わりに生徒会、一緒に入ってよ」「断る」「だったらピアノ聞かせて」「…しつこいよ、お前」
すでに生徒会のことなど、ついでになっている炯。どうにも旭希の負けが濃くなっている攻防戦。
■時間:中学一年生、上記放課後
旭希は生徒会室を訪れていた。
どうにも埒が明かない、炯との攻防戦に終止符を打つためだ。自分が負けそうなのも自覚していたので、だったらいっそ炯ではなく生徒会長とやらに直談判してやろうと思っていた。
ガラリとドアを開ける。その瞬間、炯が「やめて下さい!」と叫んだ。
目に飛び込んできたのは、机に身体を押し付けられ、胸をはだけさせている炯と、圧し掛かっている生徒会長。かあっと血が昇った旭希は「何してる!」と叫ぶや否や、一条を引き離して殴りつけた。
旭希の背中に庇われて、炯は呆然としている。
――そんな、殴らなくても。
危機感のまるでない炯と、床に転がって痛そうに頬を押さえた一条の目が合った。
「…なんてゆーか、こんな番犬つきなんだったら、言っておいてくれないと」
「高沢くんはそんな怖いワンコじゃないですよ?」
「そうかあ?…はあ。まあいいか」
立ち上がった一条は、睨みつける旭希にへらりと笑って「そんな睨むなよ」と手をひらひらさせている。
「心配すんなって。オレ本命いるから、こんな面倒なのにもう手ぇ出さねえし」
「アンタ…」
「ああ、炯くん。これっくらいで生徒会の話、反故にしたりしないよな」
「相当しつこいですね、先輩」
「大丈夫大丈夫、番犬くんに手ぇ噛まれるようなこと、もうしないからさ」
帰りは鍵かけといて、と言い置いて一条は帰って行った。
炯に向き直った旭希は、肌蹴た制服を整えている炯から思わず視線を逸らせる。そのまま床を見つめ「もう辞めるんだろ、生徒会」と呟いた旭希に、炯はきょとんとした声で「なんで?」と首を傾げた。
「お前、今のもう忘れたのかよっ」
「忘れてないけど。だって先輩、本命いるって言ってたし。それに先輩にこーいう趣味があるって、もうわかったんだから平気だよ。僕も気をつけるし」
「…バカだろ、お前っ」
「バカって…なんで君がそんな怒るんだよ??…あ。」
何かを思いついたらしい炯は、嬉しそうに微笑んだ。
「じゃあさ、高沢くんも生徒会に入るって言うのは?」
「はあ?!何でそーゆー話に…」
「だって僕一人だったら、また油断しちゃうかもしれないし?」
「それはお前の勝手だろ」
「ダメなの?」
可愛い顔で首を傾げ、上目遣いにお願いする炯。こんな「おねだり」を、断れる人間がいるなら会ってみたい。途端に旭希はうろたえた。
「ダメっていうか、だから…」
「いいよね?」
「良くねーよ…」
「ダメなの?」
お願い、お願い〜っと。縋る視線に、旭希の顔が少し赤くなる。
「だ、から…。オレ、人見知りだし、喋んの上手くねーし、役になんか立たねーよ」
「いいよ、僕がフォローするから」
「それじゃ本末転倒だろ」
「え〜…ダメなの?」
上目遣いに縋る炯は、ね?と旭希の制服の袖を、少しだけ引っ張った。慌てた旭希は炯を振り払い、真っ赤な顔で「わかったから!」と叫ぶ。
「入ってやるから、オレに触るなっ!」
「なんだよ〜。僕、汚くないよ?」
「そうじゃないッッ!」
こうして、二階堂炯は一生の親友と、一生のおもちゃを手に入れた。
■時間:現在、旭希がベッドに入って二時間以上経過
玄関のチャイムが鳴って、炯ははっと顔を上げた。時計を見上げ、携帯を見つめる。
――しまった……
思い出に浸っていて、連絡を忘れていた。鷹谷のお迎えだ。
旭希を起こさないよう、そっと傍を離れた炯は、玄関を開けて開口一番「ごめんなさい」と呟いた。
「どうした」
「旭希がなんか、熱出して寝込んじゃって。今日はそばに付いていてやりたいんですけど」
少しだけ驚いた顔をした鷹谷さん。炯ちゃん、旭希に口止めされてたことを忘れてます、アナタ。
鷹谷は炯の手元を見つめる。
「お前の携帯は、本当に役立たずだな」
「え?あ…いや。連絡しようと思ってたんですよ、ほんとに。えーっと、二時間前くらいまでは」
「何をしていたんだ、二時間」
「えっと、旭希に初めて会った頃を思い出してたんですよ。中学生のとき。あの時の旭希、可愛かったな〜って、思って」
思い出しているのか、嬉しそうに笑う。炯はちらりと振り返って、寝室の方へ目を遣った。
「…あの時から、僕も旭希に恋してたのかなあ…って、思ったんですよね…」
そういうことを、わざわざ迎えに来た鷹谷様に言ってしまうところが、炯の炯たるゆえんかもしれない。鷹谷は苦笑いを浮かべ、炯の腕を掴んで引き寄せた。
「そんなことだろうと、思ったがな」
「そんなこと?」
「旭希さんのそばで、ぼーっと思い出に浸っていたんだろう?お前が人の看病で、役に立つとは思えない」
何を根拠に、酷いですと。反論しかかった炯の唇を鷹谷が塞いだ。
くったり力が抜けたところで、離してやって。鷹谷の指先が炯の唇を拭う。
「病人の邪魔はするなよ?」
にやりと笑う、鷹谷さん。拗ねた顔をしている炯の頭を撫でて、高沢家を後にする。へたりとその場に座り込んだ炯は、閉まったドアをぼうっと見つめながら、「そういえば鷹谷さんに恋したのは、いつからだったっけ」と。ぼんやり酷いことを考えていた。
以上、あの時の打ち合わせの文字起こしでした。(笑)
(ホントに起こしただけ…)