明るい月に照らされて、障子には縁側に座る二人分の影が映っていた。
日に日に温かくなっている毎日だが、障子はぴたりと閉められ、母屋の世界を二つに分けてしまっている。
布団へ入るように言われ、おとなしく従ってから四半時。しかし桜太(おうた)は、少しも眠れずにいた。
月明かりが眩しいわけじゃない。どきどきとする心が落ち着かなくて、目を閉じてもすぐに瞼を上げてしまう。
今日は時雨(しぐれ)に、別れの挨拶もせず、帰ってきてしまった。
走って走って家までたどり着き、待っていてくれた圭吾(けいご)と朔(さく)の顔を見たら、なんだか熱くもないのに汗が噴きだして困ってしまった。
心配そうな二人に「大丈夫」と答えた桜太は、なんでもない顔をしていたけど。それからずっと、どきどきする胸が治まってくれなくて。
ごろりと寝返りを打ち、桜太は障子の方を向いて耳を澄ませる。月明かりに映った影は、圭吾と朔のもの。
圭吾の怪我はもうだいぶ良くなって、日が落ち着いた頃になると、こうして朔と二人、縁側に座って話していたりする。
「…待って下さい、桜太が…」
慌てるような、朔の声。
さっきも桜太のそばへ来て、布団を掛け直してくれていた優しい朔。眠っていないことが知られたら、心配させてしまうだろうと思って、桜太は寝たふりをしていたけど。
躊躇う様子の朔に、圭吾が障子の方を振り返っている。
「もう寝てるだろ」
「でも…」
「嫌か?朔」
ひっそりと、押し殺しているような二人の声。
細い手を掴まれ、身を捩っていた朔は、圭吾の言葉に動きを止めた。
大きな影だけでは見えないけど。花のように美しい人が震えていることを、桜太は知っている。
「圭吾……」
「本当は嫌なんだろう?だからあんたは、そうやって何かと言えば理由をつけて、俺を止めたがる」
「そうじゃありません、そうじゃなくて。…もう、どうしてあなたは、そう意地悪なんですか…」
拗ねた圭吾の声に、困りきっている様子の朔。
そのままじっと、二つの影はしばらくの間動かなかった。でも朔の方の影が、そうっと身体を浮かせて圭吾に寄りかかる。
こん、と。
圭吾の煙管が音を立てて、灰を落とす。そのまま煙管を置いて、煙草盆を押しやった圭吾は、ぎゅうっと朔の身体を抱き寄せた。
二つに分かれていた影が、一つになって。お月様しか見ていないはずの秘め事を、障子に映し出している。
「っ、あ…けいご…」
「どうした?…声、上げるなよ。桜太が目を覚ます」
「やっ…だったら、もっとゆっくり…」
「嫌だね。…ああ、だいぶ薄くなったな、あんたの痣。今から楽しみだ…なに彫ろうか?ここ」
くすくす笑う、圭吾の声。
まるで桜太でも抱くように、自分の膝の上に朔を抱き上げているらしい圭吾は、上機嫌な様子だ。
朔が何をされているのか、障子越しではわからない。でも二人の睦言は、まるで時雨(しぐれ)の言葉に重なっていくかのように、桜太の耳の奥まで響いていた。
教えてもらった、甘い甘い痺れるような言葉たちが蘇り、圭吾と朔の声を鮮明にさせてしまう。
――手が震えるのは……
「っふ、ああっ…や、けいご」
「なんだ?」
「う、んっ…あっ…ああ」
「桜太が起きるだろ」
――可愛がって欲しくて……
「やっ圭吾…口、塞いでっ」
「もうちっと辛抱しなよ」
「やだ、やっ…できないっ」
「どうした…随分、早ぇな?」
――胸がどきどきするからだよ……
「やぁっ…おねが、いっ」
「仕方ねえなあ…こっち向きな」
「けいご…けいごっ」
「いい子だ朔…可愛いぜ?」
――朔も…君もね……
「んっ、ふ…んんっ」
衣擦れの音と、甘い吐息だけが聞こえてくる。桜太はもう一度反対側へ寝返りを打って、ぎゅうっと固く目を閉じた。
朔がいま何をされているのかは、容易に想像できてしまう。……桜太も時雨にされたのだから。
いつも遊んでいる、川のそば。桜太を抱き上げた時雨にさらわれ、唇を塞がれた。
やめたいかと問われ、やめないで欲しいと首を振った。柔らかく唇を塞がれ、優しく吸われた。口の中を舐められて……息が出来なくて、苦しくて。