でも身体が震え、熱くなってくると、何かがざわざわ、身の中を這い回っているのがわかった。
桜太は自分の身体を抱きしめ、頭まで布団の中にもぐり込む。小さく小さく身を屈めるのは、まるで何かを恐れているかのようだけど。
ああ、恐れているのかもしれない。
桜太にはまだ、自分ではどうしていいのか、わからないのだから。
身体が熱くなっても、指先が震えても、一人ではどうしたら良いのか。
「…しぐれ…」
助けを求めるようにその名を呼んで、桜太は唇を噛み締めた。布団の中は暑くて息苦しい。
苦しいのは、どうして?
自由の利かない己の身体のことより、深い色の瞳で自分を見つめる男が、そばにてくれない。そのことの方が、桜太を苦しめる。
朝が来て、目を覚ますと、桜太は何の変わりもなく、毎日の仕事に追われていた。野菜を洗い、飯を炊いて、水を汲みに行かなければ。でも寝不足の身体は、どうにもぼうっとしてしまって、注意力が散漫だ。
今日は昼前に、圭吾が家を出て行った。朔は圭吾の身体を心配していたが、どうしてもと乞われ、迎えにまで来られてしまったら、止めることなど出来ない。
村方三役と、新しく派遣されてきた役人が、どうにも折り合い悪のだとか。今までは圭吾が怪我をしていたせいで、延期になっていたのだが、もう待てない早く来てくれと、頼まれていた。
桜太が師事している手習いの先生と、圭吾が同席して、話し合いの席を設けるらしい。
つまり今日は、手習いもお休み。家には先日採ってきた薬草を煎じている朔と、桜太だけだ。
「……桜太?」
朔が声をかけるのに、少年には聞こえていないのか、それとも聞いていないのか。桜太は振り返ろうとしなかった。
さっきまではざくざくと、桜太が菜を切る軽やかな音が続いていたのだけど。唐突にぴたりと止まったのだ。訝しく思った朔が声をかけても、返事がない。
朔はゆっくり立ち上がり、桜太に近づいてみる。
「ねえ、桜太?」
「っ!はい!」
びくりと肩を震わせ、振り返った桜太は、思わず手にしていた包丁を取り落としてしまった。
「危ないっ」
桜太の足をざっくり突き刺す寸前に、朔の手が包丁を払う。
「っ!朔、大丈夫?!」
少し離れた所に落ちている包丁を見て、桜太は背筋を震わせた。もしあれが、自分の足を刺していたら。朔の手を傷つけていたら。
「…大丈夫ですよ。桜太こそ、気をつけないと」
「う、うん…ごめんね」
呆然としている桜太の横をすり抜け、包丁を拾いに行った朔は、それをまな板の上に置き、少年の手を取った。
「朔?」
「お昼は後で構いませんから。いらっしゃい」
しゅんとうな垂れる桜太をつれて、三和土から上がり囲炉裏のそばへ座らせる。膝を突き合わせて座った朔は、じっと桜太の顔を覗き込んだ。
「朔…ごめんなさい」
「刃物を扱うときは、十分注意するようにと。圭吾からも言われているでしょう?」
「…はい」
「怪我をしてからでは遅いのですよ?」
「はい…。これからは、気をつけます」
膝の上できゅうっと拳を握っている。朔は桜太の頭をぽんと軽く叩いてやって、微笑んだ。
「わかっているなら構いません。…ねえ桜太、どうかしたんですか?」
「え……」
「今日は朝から様子がおかしいですね。昨日もそう、時雨さんを送って行って、帰ってきてから口数が少ないように思いましたけど。どうかしましたか?圭吾も気にしていましたし、私も心配なんですよ」
困った顔で笑って、桜太を見つめている。桜太はかあっと赤くなり、ますます下を向いてしまった。
「桜太…?」
時雨とのことは、秘密だ。
そういう約束を交わしたのだから、たとえ朔でも話すことは出来ない。
出来ないのだけど…でも、圭吾と朔を心配させるのは、心苦しかった。
よほど、おかしな様子に見えているのだろうか?
確かに桜太は、ずっと時雨のことばかり考えてしまって、他の何も手につかないでいる。食事の用意をしていても、洗濯物を干していても、心を占めるのは時雨のことばかり。
長い髪で、無精髭の、優しいひと。
低い声で桜太の名前を呼んでくれた。大きな手で頭を撫で、小さな身体を抱きしめてくれた。