【明日への約束A】 P:08


 慌てる圭吾をじろりと睨み、時雨は腕の中の桜太をぎゅっと強く抱きしめる。
「これ以上、なにか反論があるのかい?桜太はあたしが預かるよ」
 きっぱりした言葉に、時雨の腕の中で桜太は彼の着物を、強く掴んだ。
 連れて行ってくれると、この人は言ったのだ。自分の住む町に、桜太を連れて行ってくれると。
「そうじゃねえ。そうじゃなくて…くそ、わかったよ」
 圭吾は引き止める理由を見つけられず、苦虫を噛み潰したような顔になる。重苦しいため息をついた圭吾の顔を、心配そうな表情で朔が見つめていた。
「許してやりゃあいいんだろ。…ただし、明日だからな。今日は置いていけ。明日改めて来い」
 諦めの悪い、あからさまに嫌そうな声で呟く圭吾に、時雨はすうっと目を細める。
「あたしが帰った後で、桜太を言いくるめたりしなさんなよ?」
「しつけえんだよ!わかったっつってんだろ!!」
 釘を刺された圭吾は怒鳴り声を上げ、身体ごと時雨から視線を逸らしてしまった。ぶつぶつと、どうしようもない不満を呟きながら、拗ねた表情を浮かべて煙管を咥えている。
 圭吾の様子に笑った時雨は、抱きしめていた桜太を離して、少年の顔を覗き込んだ。
「頑張ったねえ、桜太」
「時雨……」
 碌に逆らったことのない大好きな圭吾と、同じくらい大好きな優しい朔に、強い意志で思いを通した桜太。
 ほんの少し疲れた様子の少年に、時雨は優しく笑いかけ、頭を撫でてやった。
 彼の決心と、勝ち得た結果を労って。
「支度して待ってんだよ?明日、迎えに来てやるからね」
「うん」
「今日は目一杯、圭さんと朔に甘えてやんな。この人たちは、お前さんが可愛くて可愛くて、仕方ないんだからさ」
 ね?
 にこりと微笑んだ時雨に頷いて。桜太は時雨を見つめる。
 大きな濡れた瞳は、いつもよりずっと潤んで、時雨の顔を映していた。


<<ツヅク>>