「…どうしても、父でないと駄目かい?」
「弥空さん…」
「私は君を、大事にしてあげられると思うんだけど、ね」
弥空の声には、切なさと後悔が混ざり合っていた。
答えなんか、聞かなくてもわかっている。桜太の心を誰が占めているか、誰より弥空が知っているのに。
熱っぽい言葉に、少しだけ頬を染めて、桜太は下を向いた。
弥空の口付けは、時雨がくれる激しさや、熱さとは全然違うものだったけど。桜太の手に、弥空の胸がどきどきと震えてるのが伝わっていた。それは時雨と唇を重ねるときに感じる、甘い痺れと同じ。
……でも、やっぱり。
桜太の心が震えるのは、時雨だけだ。こうして他の人と口付けてみて、思い知る。
「みそら、さん」
「うん…」
「…ごめんね…」
消え入りそうな、小さな声。
「そう…そうだね。…大丈夫だよ、今のは忘れて?」
桜太が顔を上げると、そこにはいつもと同じ弥空がいた。まるでさっきまでのことが嘘のように、穏やかな微笑みを浮かべ、桜太を包んでくれている。
だから桜太も、頷いた。
「…うん、わかった」
素直な言葉は、じくりと弥空の心を痛ませるけど。これでいいと自分に言い聞かせ、弥空は軽い調子で桜太の肩を叩く。
「さて…明日には私が父と話してくるよ。今日はここで眠りなさい」
「…はい」
「あったかくして。風邪なんかひくんじゃないよ?」
くすくす笑う弥空に、桜太はやっと泣き止み、笑顔を見せた。
大きな瞳が可愛くて、周囲を幸せにするような。人の心を惹きつける、優しく明るい笑顔だった。
<<ツヅク>>