【明日への約束F】 P:10


「初めまして弥空さん。こんな早朝に文を出されて…きっとお高かったでしょう?」
「初めまして朔さん。そうなんですよ。しかも早くお知らせした方がいいかと思ったので、早駆け飛脚など使ってみました」
「文が届いてすぐに、圭吾と家を出たんですよ」
「早く朔さんにお会いしたかったので、嬉しいです。桜太くんから聞いてましたけど、本当にお美しいんですね」
「私も圭吾から、弥空さんのお話は伺ってました。お会いできて光栄です」
 ほのぼのと会話を始める二人に唖然としている時雨の真横で、どすっと鈍い音がした。
 嫌な汗をかきながら目をやった時雨は、自分の髪が何本か、はらはらと落ちていくのに気づく。
 壁に突き刺さる太刀を握っているのは、圭吾だ。
「け、いさん」
「覚悟は出来てんだろうな?」
「いや、あの。なんてゆーか」
「喋ってもらおうじゃねえか、詳細ってのを!桜太が貴様のものになっただと?!ふざけんな!!」
 怒るだろうとは思っていたが、まさかここまでになるなんて。そこへまた、ひょっこりと顔を出した新たな登場人物。
 相模屋喜助だ。
「おいおい、誰が修理代を出すんだ」
 壁に刺さった太刀を見咎めるが、弥空が平然とした表情で肩を竦め、それに応じている。
「そりゃやっぱり、父がなんとかするんじゃないですか?」
「なんだ、そうなのか?だったら構うこたあねえ。圭吾、存分にやんな」
 にやにや笑っている喜助。
 お前も共犯か!と睨みつける時雨に、喜助はそ知らぬ顔だ。
「仕方ねえだろう、時雨。圭吾はうちの上得意だ」
 村にある圭吾の家に上げてもらえない客は、大概ここへ泊まって彫り師の仕事を受けるのだから。
 味方のない過酷な状況にあって、のほほんとした様子の朔が両手を広げ、桜太を呼んだ。
「桜太、危ないですからこっちへいらっしゃい」
 声をかけられた桜太は、時雨たちと朔たちを交互に見て。
 そうして「はあい」と元気な返事と共に、朔の元へ駆け寄っていく。
 嬉しそうな様子で朔に抱きついている桜太に、時雨はいっそう青くなった。
「ちょ、桜太!なんでお前さんまで…!」
「ごめんね時雨。怪我したら、ちゃんと看病してあげるからね」
「看病って…!」
 桜太は一晩で、随分と大人の顔をするようになってしまったようだ。そうさせたのは時雨なのだが、それに関しては後でゆっくり反省するので、この場ぐらいは共に在って欲しいのに。
 にこりと笑う桜太にまで見放されて、時雨はとうとう圭吾と向き合った。
「いや、圭さん。何もあたしは無理矢理やったわけじゃ…」
「合意か強姦かなんか聞いてねえっ!」
「まだしてないって!最後までは!」
「まだってなんだ!貴様なんかに桜太はやらねえからな!!」
「ちょ、あたしの話も聞きなって!」
「うるせえ!観念して斬られろ時雨っ!」
「うっわ!斬られたら死んじゃうでしょうが!!」
 逃げ回る時雨と、鬼の形相で追いかける圭吾。
 朝っぱらからあまりにも騒々しい二人のことを、周囲はあくまで楽しげな様子で見ていた。


<了>