■時雨と桜太と弥空
時雨が相模屋にたどり着いたときには、雷が近づき空が青く光っていた。慌しく駆け込んできた時雨を待っていた喜助は、ずぶ濡れの時雨に手ぬぐいを渡しながら「餓鬼どもは、いつもの部屋だ」と教えてくれた。
短く礼を言い、階段を駆け上がる。襖を開け、中へ乗り込んだ時雨が見たのは、着物を少し乱して弥空に抱きしめられている桜太。
かあっと血が上った。桜太を引き寄せ、弥空の胸倉を掴み上げる。
「軽々しく人のもんに手ぇ出すんじゃねえ!」
怒鳴った時雨に、弥空はにやりと笑った。
「観念したんですね」
「……っ!お、お前」
弥空は階下から時雨の駆け上がってくる音を聞いて、わざと桜太の着物を肌蹴させ、抱きしめただけのこと。あっさり息子の計略に乗せられてしまった時雨が、呆然としている。
時雨の手を振り解いた弥空は、桜太を見つめて微笑む。
「このおじさんに飽きたら、いつでも私のところへ来るんですよ」
「弥空さん」
「本当に、本気でどうしようもない人ですけど。…父をよろしく」
そう言って、ぽんっと時雨の腕を叩いた弥空は、部屋を出て行った。
息子が帰って行った後、時雨は強く桜太を抱き寄せた。
雷の音がしている。腕の中でびくっと震える桜太の顔を覗き込んで「怖いかい?」と聞いた。頷く桜太の唇を塞いで、小さな身体を横たえる。
「約束は、守るためにするんだったね」
「うん」
「じゃああたしがお前さんを大事にしている限り、あたしを置いていったりはしないと、約束するんだね」
「うん。約束する」
「なら、あたしも…。雷がなる日は、必ずこうして。桜太を抱いていると約束しよう」
「…兄ちゃんの、代わりに?」
「いや、圭さんはこんなことしないだろうさ…」
するっと着物の中に手を入れた時雨を、桜太は嫌がらない。口付けの合間に、桜太は艶めかしく微笑んで時雨の頬に触れる。
「ずっとぼくが、時雨を守るよ…」
「ずっと?」
「ずっと。…明日も、明後日も。ずっとずっと。約束するから」
そんな大切なことを、自分などに誓っていいのかと尋ねる時雨に、桜太は時雨がいいのだと答える。
着物を剥いで、小さな身体を辿りながら、時雨は「どんな酷いことをされても?」と尋ねた。
「どんな酷いこと、されてもいい…」
息を吐くような桜太の熱い答え。時雨はそのまま、桜太を抱いた。
(牡丹の記述とか、入れたいかと思います。ええ。…ヤることにしました…)
■エンディング
朝になって。時雨がぼんやり瞳を開けると、きれいな顔で微笑む桜太が、長い髪に触れていた。
「どうした?」
「うん…最初にね、口付けてくれた日から、ずっと触れたかった」
「あたしの髪に?」
「髪とか、髭とか…」
小さな手が、そっと時雨をたどっている。その指を捕まえて、舌を這わせた時雨はひくっと震えた桜太を抱き寄せる。赤くなった桜太はぱっと時雨の腕から逃れた。そのまま着物を適当に身に着けて、窓へ向かう。開け放った障子から、眩しい朝日が飛び込んできて。ふいに下を見た桜太は、きょとんと首をかしげた。
「どうした?」
「うん……兄ちゃんが、いる」
その一言に、時雨はさあっと青ざめた。慌てて着物を着たところに、圭吾が踏み込んできて。
…乱れた夜具、色っぽい顔の桜太、冷や汗をかいている時雨。ぶちっと切れる音がする。
「時雨てめえっっ!!」
「ちょ!ま、待ちなって圭さん!なんであんた、ここのことが…」
言いかける時雨は、襖のところに立っている朔と、その隣で満足げに笑う弥空を見た。
「そ、空!お前…」
「なんていうか、私は圭吾さんの友人でもあるわけですし」
「空っ!」
「朔さんにもお会いしてみたかったので」
「初めまして、ですね。弥空さんでしょう?圭吾から聞いています」
「そうなんですよ、初めまして朔さん。私も桜太くんから聞いています。本当にお美しい方なんですねえ」
ほのぼの会話を始める二人に唖然としている時雨の真横。どすっと鈍い音がした。嫌な汗をかきながら目をやった時雨は、自分の髪がはらっと落ちていくのに気づく。突き刺さる太刀を握るのは、圭吾だ。
「け、いさん」
「覚悟は出来てんだろうな?」
「いや、あの。なんてゆーか」
怒るだろうとは思っていたが、まさかここまでになるなんて。そこへひょっこりと顔を出したのは、相模屋喜助。
「おいおい、誰が修理代を出すんだ」
「そりゃ父が出すんじゃないですか?」
「なんだ。だったら構うこたあねえ、圭吾。存分にやんな」
「桜太、危ないですからこっちへいらっしゃい」
声をかけられた桜太は、時雨たちと朔たちを交互に見て。そうして「はあい」と元気な返事と共に、朔の元へ駆け寄った。
「桜太!」
「ごめんね時雨。兄ちゃんに謝っておいてね」
「謝ってって…!」
桜太は一晩で、随分と大人の顔をするようになってしまった。にこりと笑う桜太にまで見放されて、時雨は青くなる。
「いや、圭さん。何もあたしは無理矢理やったわけじゃ…」
「合意か強姦かなんか聞いてねえんだよ!観念して斬られろっ!」
「うっわ!斬られたら死んじゃうでしょうが!!」
逃げ回る時雨と、鬼の形相で追いかける時雨を、周囲は楽しげに見ている。
おしまい。(笑)