不機嫌な顔を崩さず、豪華なソファーに土足で乗り上がり、素晴らしい刺繍の施されたクッションを抱えたまま動かない。興味のないフリをして、沈黙を決め込んでいる惺が、電話の内容に耳をそばだてているのは、誰から見てもバレバレだ。
笠原泰成(カサハラタイセイ)は傍らに控えている来栖秀彬(クルスヒデアキ)と顔を見合わせ、溜め息を吐く。
手にしていた電話をスピーカーフォンに切り替え、サイドテーブルに置いた。
『じゃあ惺はそっち着いたんだね』
珍しく苛立たしそうな声。惺がじっと聞き耳を立てている、泰成の国際電話の相手は直人(ナオト)だ。
「ああ、二時間ほど前にな」
『ったく…どんなけ心配したと思ってんだか。夜中に帰って来たら、しばらく家を空ける、心配するなって書置きだけあって、惺はいないしさ』
「よくここだとわかったな、直」
『わかるよ!惺が逃げ込む先なんか、じいサマんトコに決まってんじゃん!本家の裏庭がなくなって、もういい加減そんなことしないかと思ってたのに。まさか海外まで押しかけるなんて!』
迷惑かけてごめんね、と続ける直人の声に惺は振り返ったが、何も言わずまたぷいっとそっぽを向いてしまった。
長い間、惺の隠れ家になっていた笠原本家の裏庭。泰成がこちらへ隠居する際、そこをきれいに始末してしまったのは、確かに覚悟を決めろという意味もあったのだ。しかし惺は彼らの思いを受け入れず、逃亡距離を伸ばしただけ。
二時間前に何の予告もなく泰成の隠居先に現れ、しばらく厄介になるぞ、と勝手なことを言い出した惺は、昔と何も変わらない顔をしていた。
「わしは構わんよ。こいつのワガママには慣れておるんでな」
平然と答える泰成を惺が睨みつける。しかし声を上げれば直人に聞こえると思ったのか、惺は黙ったまま何も言おうとはしなかった。
「それで直、お前はどうする?わしはこんな見慣れた顔より、お前さんが来てくれる方が嬉しいんだがね」
『うん…俺もじいサマに会いたいし、惺を迎えにも行きたいんだけどさ。どうしても今は時間が取れないんだ…ごめんね』
直人の声は本当に残念そうだが、それが予想外だったのか惺は弾かれたように顔を上げ、信じられない、といった表情でソファーから立ち上がった。
「忙しいのか?」
『来月の月末までは休みナシだよ。今も事務所からかけてる』