【1月ハチミツ-中編】 P:02


「大変じゃな…身体には気をつけなさい」
『ありがと、じいサマ。惺には気が済んだら帰ってくるよう伝えてくれる?』
「なんだ気が済んだらって!!」

 思わず電話を引っ掴み、惺は直人に向かって怒鳴りつけていた。
 すぐにとはいかないまでも、今までの直人なら出来るだけ早く惺の元へ飛んできたはずだ。いや、もう日本を発ってこちらへ向かっていてもおかしくない。
 それを気が済んだら帰って来いなんて。まるで子供でもあやすような言い方。

『惺?…なんだ、聞いてたの』
「勝手なことばかりお前は…」
『勝手なのは惺だろ?!いま俺がどんな状態か知ってんじゃん!それとも俺、そんな惺を傷つけるほど何かした?!』
「っ…!そんなことは、言ってない」

 直人の言葉に反論できず、惺は不満そうに口を噤んだ。
 直人が悪いわけじゃないと、誰より惺が一番わかっている。

『迎えに行ってあげたいし、話を聞いてあげたいと思ってるよ。でもそこまで行って帰ってこようと思ったら、とんぼ返りする覚悟でも三日はかかるんだからね』
「………」

『事務所の全員が寝る間も惜しんで、公判の準備してんだよ?ひと一人の人生がかかってるんだ。何の罪もない人が犯罪者になるかどうかの瀬戸際だってのに、ワガママ言わないでよ』
「僕がいつワガママなんか言ったんだ!誰がお前に迎えに来いと言った?!」

 惺のあまりに勝手な言い分を聞いて、直人が何かを言いかけたとき。電話の向こうで躊躇いがちな女性の声が「藍野(アイノ)先生」と直人を呼んだ。

『あ、すいません。何ですか?』
『お電話中にごめんなさい。昨日、電話いただいたクライアントがおみえなんですけど、村木先生、手が離せなくて…藍野先生に任せるっておっしゃってるんですけど』
『わかりました、すぐ行きます。面談室にお通しして、資料を揃えておいてもらえますか?』
『わかりました。お願いします』

 通話口を押さえているらしく、直人の会話はくぐもった音で聞こえてくる。本当に忙しそうなその様子を聞いて、泰成はやれやれと肩を竦めた。

『惺』
「…なんだ」
『そこまで言うなら、ちゃんと自分で帰ってきて』
「直人!?」
『俺はいつまでだって待ってるよ。でも迎えには行けないから。惺が自分の気持ちを整理できたら、帰ってきて』
「お、まえ…」