「今日中にここを発つから」
『え…惺?』
「帰るよ、お前のところに。僕が自分で帰るから…直人」
驚きが伝わってくる。
いっそう高く鳴る胸を、惺はきゅうっと掴んだ。
「なあ、直人」
『う、うん』
「…愛しているよ。お前に会いたい」
『惺…っ!』
「僕に必要なのは、お前だけ。…すぐに帰るから、僕を待っていてくれるか?」
どきどき、どきどきと。
息苦しくなるくらい鼓動が跳ねて、止まらない。
初めて口にする言葉だ。直人が何度聞きたがっても、今まで惺はそれを言おうとはしなかった。
愛している、お前だけ。
幼い頃からずっと惺に手を差し伸べ続けてくれた、直人だけを。
しばらく黙っていた彼は、ふうっと深く息を吐いた。
『惺…』
「ああ」
『早く帰ってきて…待ってるから』
「…ん。わかった」
『俺も惺を愛してるよ…だから、ここで待ってるね』
泣きたくなるくらい優しい声。
惺は目を閉じて、耳の奥に響くその声を反芻する。思い描く直人はちょっと情けない顔で、しかし誰よりも温かく腕を広げ、惺を待っていた。
通話を切ってしまうのは、とても辛かったけど。先に切るよ、と囁いて途切れた携帯電話を握り締め、惺は踵を返し屋敷へ向かって駆け出す。
裏口の扉の前に、杖を突いた泰成と、彼を支える秀彬が惺を見つめていた。
「泰成!一番早い飛行機を押さえろ、席はどこでもいいからっ!」
惺が大きな声で、屈託のないワガママを言い放つ。聞いたこともないほど無邪気な惺の声を聞き、二人は顔を見合わせて笑っていた。
≪つづく≫