眼下に広がるのは白い世界。雲の上で狭いシートに座り、機内の時計を見上げては溜め息を吐く。
惺(セイ)は何度も何度も考えていた。
空港から自宅への最短ルートを。
日本への到着予定時間は夕方の4時。
空港からどんなに急いで家に帰ったとしても、忙しい毎日を送る直人(ナオト)が家に戻っているはずはない。わかっているのに気が焦るのだ。
誰もいない部屋で構わないから。今は少しでも早く、帰りたかった。
電車とバスを使う方が早いか?
タクシーを飛ばした方が早い?
そういうことは全て、今まで直人や泰成(タイセイ)に任せきりだったから、考えが上手く纏まらない。
惺は震える指先を何度も擦り合わせる。落ち着け、と自分に唱え続けた。
直人は待っていると言った。
あの子は嘘をつかない子だ。そういう風に、自分が育てた。
言い訳をするなとか、人の目を見て話せとか、自分のことは棚に上げて、幼い直人に随分と厳しいことを言い続けたと思う。
でも直人は、一度も惺から目をそむけたりしなかった。本当に素直で一途な、優しい子。
彼はいつだって惺を受け入れてくれる。
どんな時も惺を愛し続けている。
そのことは、微塵も疑っていないのに。なぜか不安で手が震えるのだ。
「お客様、お顔の色がすぐれませんが、ご気分でも?」
心配そうなキャビンアテンダントに声を掛けられ、首を振った惺は、到着まであとどれくらいですか、と小さく尋ねた。
尋ねたからといって、早く着くわけがない。たとえ早く着いたとしても、直人の仕事がなくなるわけじゃない。
わかっているのに聞かずにいられない。誰かを想い不安になるのは、こういう気持ちなのか。
長く長く生きて、初めて知る感情。
どうしても直人の声が聞きたい。直人の身体に触れたい。
身体が熱くなるのと同じ速度で、指先が凍えていく。
感情が昂ぶって、頭が痛くなるのと同時に、不安で胸がきゅうっと痛くなる。
心身の混乱についていけず、泣きそうになって惺が目頭を押さえていると、さっき声を掛けてくれたキャビンアテンダントがブランケットを持ってきてくれた。
もうすぐ着きますよ、と優しい声。
安心して、大丈夫。そう囁くように彼女は惺の肩に手を置いた。