信じられなくて顔を見合わせる。
しかしその瞬間、惺は喉に違和感を感じて、咳き込んだ。
まるでそれが、証拠だとでもいうように何度か咳き込んで。収まらない喉の痛みに呆然と直人を見上げる。
「…痛いんだ。喉とか、頭とか」
「そりゃ…そうだよ…風邪ひいてるんだから…」
直人にも気づいたことがある。
どんな痕跡も残さなかった惺の身体に、直人のつけた口付けの残骸。随分泣かせた目元が赤いのは、熱のせいだけじゃない。
「…ここも、痛いでしょ」
そう言いながら、直人の指が惺の目元を辿る。震えている指が、濡れた。
「なお、と」
「これからは、ちゃんと食べるんだよ」
「あ…あ」
「冬場はあったかくして、忙しくても無理しないで」
「…なおと」
「刃物とか、火の扱いにも気をつけてよ。俺が心配するようなこと、しないでね」
「直人っ」
ぎゅうっと抱きつく惺の背中。直人の大きな手が、優しく叩いていてくれる。
熱のせいばかりじゃない。
涙が止まらない。
「二人で生きていこうね、惺」
「ああ…約束するっ」
「愛してるよ」
「僕もだ。お前を愛してる…ずっと、命が尽きるまで。直人を愛し続けると、誓うから…っ」
終わりがあるから、初めて知ること。
限られた時間だからこそ、本当に大切だと思うこと。
泰成や直人が見ている世界。失う不安の中で感じる、強い気持ち。
幼い直人がわからないと言っていた「愛している」という言葉の意味。それは惺にもわかっていなかったのかもしれない。
でも、やっと。
死の待つ命を取り戻して、ようやくその意味を知る。
泣きじゃくりながら、愛していると言い続ける惺の髪を、くしゃっとかき回す。顔を上げさせた直人は「わかったよ」と微笑んでいた。
間近で見つめる直人の瞳に、幸せそうな自分の姿が映っていて、惺は恥ずかしげに視線を伏せる。
それでも直人を見ていたくて、そうっと視線を戻したら、男っぽい顔をした彼は、包み込むように惺を見ていて。
「ね、惺。キスしようか」
小さな囁きに頷き、惺はうっとりと目を閉じた。
触れ合うだけの柔らかな唇。
誓いのキスはやっぱり蕩けそうなほど甘くて、何に混じり合おうとも存在を主張する。とても甘美で金色の、まるでハチミツのような味だった。
《了》