「身体、拭いてあげるから。一度着替えて横になってなよ。今日はなるべく早く帰ってくるし」
「…直人」
「大丈夫だって、今日の段取りは昨日のうちにつけてあるんだ。事務所に顔を出してから、裁判所に寄ってくるけど、そのまま戻るから」
「直人、待て…僕は」
「昼過ぎには戻るよ。少しだけ我慢して?村木先生に話せば一日くらい…」
「直人っ」
勝手に話を進める直人に焦れ、惺は無理矢理身体を起こした。
その瞬間、頭痛と高熱に視界がぐらりと揺れる。身体の痛みに悲鳴を上げそうだった。
ずっと忘れていた感覚。
長い間、縁のなかったもの。
「いいから、無理して起きなくても…」
「風邪?僕が?」
「だから当たり前だって。昨日はかなり寒かったし、俺のコート着てなっていうのに惺は言うこと聞かないし」
「そうじゃない!…この僕が、風邪?そんなはずないだろ。そんな…普通に…」
惺の震える声に、さすがの直人も言わんとすることに気付き、はっとして目を見開いた。
永劫の呪い。
惺を苦しめ続ける、長い時間。
どんな怪我も病もけしてその身を侵さない。飢えも疲労も、瞬く間に消える身体。
惺が風邪をひくなんてことは、ありえないのだ。熱で身体が痛むはずがない。
否、そのはず……だった。
昨日までは。
「ごめん、惺!ちょっと起きてっ」
今すぐにでも惺の着ているものを剥いで確かめたかったが、直人はその気持ちを抑え、惺の腕を引っ張って強引にベッドから抱き上げた。
そのままバスルームへ駆け込む。
自分ひとりで確かめようとは思わない。その瞬間を共にありたいと、直人はずっと願っていたのだから。確かめるなら、二人一緒でなければ意味がない。
洗面台に熱い身体を座らせ、汗ばんだ服をずらせる。
惺も恐る恐る鏡を振り返っていた。
上の弟の白い肌とも、下の弟の柔らかい身体とも違う。呪いを受けたとき十分に大人で、兄弟を養うため大地を耕し、狩りに出ていた惺の、浅く灼けた肌。きれいな筋肉がついたしなやかな身体。
直人の手が、惺の腰の辺りを撫でる。
まるで確かめるように、優しく触れる大きな手は、そこに刻まれていたはずの真っ黒な刻印を、ついに見つけることが出来なかった。
「………」
「…惺、ほんとに?」
「まさか…」
「俺、惺がじいサマんとこ行く前、確かに見たよ、痣。薄くはなってたけどそんな、すぐ消えるほどじゃ…」