【君が待っているから@】 P:01


 十八歳の俺にとって十年っていうと、今まで生きてきた人生の半分以上。でも全然そんな感じしなくて、ほんとあっという間だったよ。
 最初はもうね、ただ必死だった。ある日突然、世界の全部が変わったんだから。
 真っ暗なところから、いきなり太陽の下に引っ張り出されたみたいで、どうしていいかわからずに。
 自分が幸せなのかどうかも、よく理解できてなかった子供の頃。
 それでもただ、ここに居たいって。
 ここに居させてって。
 祈ってるうちに過ぎていった時間。

 ……最近っていうか、この何年かはもう、毎日毎日どうしようどうしようって言ってるうちに、時間が過ぎていった。
 ああもう、ホント。どうしよう……

 俺、藍野直人(アイノナオト)っていいます。
 今年十八歳になったけど、訳あってまだ高校二年生。
 新しい世界で生き始めた十年目の今年、俺の中には……人が聞いたらささやかに聞こえるかもしれないけど、自分的にはかなり壮大な願いがある。
 でもそのことで、ここ毎日ずっと「どうしよう」って悩み続けてる。

 大好きな人を、大好きだと思う自分に、向き合うって決めたんだ。決めたんだけど……なんか、決めたからっていうか。
 最近の俺はほんと、ため息ばっかり吐いてるんだよね。
 
 
 
「はあ……」
 相も変わらずため息をついた俺は、座ってる丸テーブル席の右側にいる幼馴染みから、軽く頭を叩かれてしまった。
「きーてんのか、直人」
 今いるカフェは、学校からも近くて、ご飯も美味しくて、しかも飲み物のおかわりが無料って言う、お気に入りの店。
 ここね、空のグラスをカウンターへ持っていくと、同じものなら何杯でも淹れてくれるんだよ。去年の夏休み、この店でバイトさせてもらってたから、顔なじみも多いんだ。
 夕飯を食べ終わって、ぼうっとしてしまってた俺は、叩かれた頭に手をやりながら、視線を上げた。
「…ナツ、痛い…」
 俺がナツって呼んだ、少し色素の薄い細い髪をゆるく後ろへ流してる彼は、笠原千夏(カサハラチナツ)。俺と同じ学校の制服姿で、不満そうにこっちを見てる。
「痛いってほど叩いてないだろ。俺の話を聞いてんのかって」
「あ…ごめん、聞いてなかった」
 ほんとに、ごめんなさい。全然聞いてなかった。
 ナツは呆れた顔になると、形のいい眉をきゅっと寄せて、行儀悪く横柄な態度でイスの背もたれに寄りかかる。
「まったくお前は。ぼーっとしてんじゃねえよ」
「だからって叩くことないじゃない。ナオ大丈夫?」
 ナツに叩かれたところを、左側に座ってた笠原千秋(カサハラチアキ)が、軽くナツを睨みながら撫でてくれる。
「アキぃ…」
 俺がナツと同じ感じでアキって
呼んだ彼は、情けない顔で甘える俺に苦笑を浮かべて「でも聞いてなかったナオも悪いんだよ」って、公平に両方を叱った。

 ナツと同じさらりとした細い髪を、そのまま下ろしてるアキは、顔までナツと同じ。性格の全然違う二人はこれでいて、一卵性双生児。親しい人は二人まとめてナツアキって呼んだりする。
 アキの方が長男らしいけど、双子だからどっちがお兄ちゃんとか誰も気にしないんだ。本人たちもね。
 ナツアキは俺と同い年で、でも一学年先輩。俺の十年来の幼馴染みだ。
 整った顔立ちの二人は、身長も目の下にある小さなホクロまで、まったく同じなんだけど。幼馴染みの俺には、全然違うように見える。

 何をやらせても片手間にこなしてしまうナツは、常に遊び半分の態度を崩さない。明るくて、その分気が強くて。でも責任感が強いから、いつでも自然とみんなの中心に立っていて、周りを引っ張ってくれる。俺たちが通う嶺華(リョウカ)学院高等部のワガママで人気者な生徒会長サマ。
 アキの方はいつも穏やかで、努力家。目立ったことを嫌うけど、散漫に何でも手を出すナツと違って、ひとつひとつ丁寧にこなしていくタイプ。
 俺たちの学校は定期テストごとに、上位三十人の点数を貼り出すんだけど。俺は今まで、アキの名前を十位以下で見たことがないんだよ。
 ナツはトップから三十位までを行ったり来たり。安定してないながら、それでも上位にいるナツをすごいとは思うけど。なんか二人の性格が出てるよね。でも俺、ナツがマトモに勉強してるトコ、見たことないんだけどなあ。
 ……俺?
 俺の名前なんか、載らないって。嶺華は確かに少人数の私立校だけど、それでも一学年に、百人ぐらいはいるんだもん。俺はいつも、真ん中らへん。

 アキが自分から前に出てくることはないけど、今はナツの隣で生徒会の副会長をやってる。何事も堅実確実にそっと片付けていくアキだから、豪快なナツと一緒にいて、みんなのフォローに走り回ってる感じ。