三年くらい前からかけるようになったその眼鏡が、ほんとはダテだってこと、知ってるけど。似合ってるから俺は、何も言ったことがない。
初めて会った時と変わったのは、ほんとこの眼鏡くらい。あれから十年なのに、いつまでも惺は若く見える。
中等部へ上がるとき、書いてもらった書類に三十歳って書いてあって、俺はあの時初めて、惺の年齢を知ったんだ。
それまで惺は、俺が聞いても年齢とか誕生日とか教えてくれなかったから。……理由は知らないんだけど。
だから今、きっと三十五とかだと思うんだけど。全然そんな風に見えないよ。
惺は、いつまでも綺麗。
……きっとこれからも、綺麗なまま。
「それにしてもお前、ずっとここにいたのか」
まじまじと不恰好なおにぎりを見つめてる惺にいきなり言われ、惺のことを見つめてた俺は、居心地悪くてぎくしゃくと視線をそらせた。
「あ…えっと、なんで俺がここにずっといたって…」
わかったの?
「だいぶ冷えているからな」
それはきっと、ラップさえもかけていなかった、おにぎりのことだ。
「ご、ごめん。その…邪魔しちゃ悪いと、思ったから」
「これだけ置いておけばいいものを。…お前は本当に。いつまで経っても要領の悪い子だな」
言いながら、ちらりと自分の部屋の中へ目をやった惺は、ため息を吐いて俺の手からトレイを取り上げた。それから空いてる手で、手持ち無沙汰になってる俺の左手を、繋いでくれる。
冷たい惺の手が、俺の手を握ってる。
「せ、惺…っ」
「何時だと思ってるんだ。子供はさっさと寝なさい」
俺の手を引いて歩き出した惺は、通りがかったダイニングテーブルにおにぎりの残ったトレイを置いた。
「ちゃんと食べるから、心配するな」
黙りこくって繋がれた手を強張らせてる俺のこと、どう受け取ったのか惺は、そんな風に言って。リビングの中にある部屋のドアを開けてくれた。
俺は何を言うことも出来ずに、おとなしく自分の部屋へ入ろうとしたんだけど……惺が俺の腕を取って、引き止めたんだ。
「っ!…せ、い」
ぎゅっと抱きしめられたまま、硬直してしまう。俺の身体を拘束してるのは、間違いなく惺の細い腕。
……これはただのハグで、挨拶みたいなもんだって、わかってる。
でも、心臓に悪いよ惺…どきどきする。
「明日はいつも通りでいいのか」
「うん…」
腕を緩めた惺に聞かれ、俺はうつむいたまま小さく答えた。だって、顔なんか上げられない。きっと真っ赤になってるから。
「わかった。早く寝なさい」
「あの…惺、おやすみなさい…」
すっかり惺の身長を越えてしまった俺の頭を、惺が手を伸ばして撫でてくれる。
「おやすみ、直人」
ついでに軽く俺の頬を撫でて、惺は静かにドアを閉めてくれた。
暗い部屋の中、俺は思わず惺が触ってくれた頬に手を押しあてていた。
じっと待ってた俺を見て、幼い頃一人では寝られなかったことを思い出してくれたんだろうか?また泣いて惺に縋りつくとでも思ったのかな。
惺の中で、俺はあの頃のまま。
きっと小さな直人が、惺の後ろを追っかけてるままなんだ。
ぎゅうぎゅう締め付けてくる胸を押さえて、しゃがみ込む。
俺だけが変わったの?
こんな風に、惺を好きだと思ってる俺がおかしいの?
……寝られないよ、惺。
切なさと嬉しさで、泣きたくなる。
俺はしばらくそうして、惺と俺を繋いでくれた星型の痣で、自分の胸を押さえていた。
<<ツヅク>>