俺が好きだって囁いたら、惺はどんなに驚くだろう。俺を引き取ったこと、後悔するだろうか。
ナツが言うように、答えがどんなものでも、ただ惺が俺の想いを聞いてくれたら。
そう思ってはいるんだけど。
蹲ったまま俺は、自分の手を見つめた。
右手を開くと親指の付け根に、星型の痣がある。
描いたみたいに、きれいな星型。
普通はこういうの、親と生き別れても目印になるとか、言うんだろうね。でも俺には探してくれる親なんか、いない。
笠原のじいサマが探し出してくれた俺の両親は、じいサマに金を貰って嬉々として俺の親権を手放したらしい。なんか法律のこととか詳しくないけど、そんなことも出来るんだね。
俺はその話を聞かされても、とくになんとも思わなかった。二人が思うように生きていけるんなら、それでいいんじゃないかなあって。だって俺は、そのおかげで惺といられる。
惺だけでいいんだ。
惺しかいらない。
俺は左手の指先で痣をなぞって、ため息を吐いた。この痣が、俺と惺を出会わせてくれたんだなんて、そんな風に考えるのはあまりにも夢を見すぎかな。
あのさ。惺にもあるんだ。
―――同じ形の、星型の痣。
この家に引っ越して、すぐの頃。俺は惺の腰の辺りに、偶然それを見つけた。ガキの俺にはおそろいだってことが、嬉しくて仕方なくて。惺に自分の痣を見せてそう言おうとしたんだけど。
そのことを口にするよりも先に、俺は惺が痣を隠したがっていることに気づいてしまったんだ。
だから、今でもまだ言えないでいる。
惺はきっと気づいてるよね?だって惺と違って、手のひらにある俺の痣は、隠せないから。
なんで何も言わないんだろう。惺にとって、嫌な思い出でもあるのかな。
惺ね、俺にこの痣のある右手で触られるの、嫌みたいでさ。俺が右手を伸ばすとき、惺は決まって避けるんだ。
無意識みたいで、避けたあとはちょっと驚いた顔してる。それはほんの一瞬の表情で、すぐにいつもの、不機嫌そうな無表情に戻っちゃうけどね。
でもなんか、無意識だってところが余計に気になるんだよ。意識できないことの方が、根が深い気しない?
そんな風に考えれば考えるほど、俺はまた暗く落ち込んで。惺は俺の痣を見たくないと思ってるんじゃないかって。
だからなんだか、右手はいつも軽く握る癖がついてしまった。
星に願いを、なんて考えるほど子供じゃない、つもり。
でも今日みたいに、惺の姿が見られなくて寂しい日は、じっと右手の痣を見つめてしまう。
……俺、ダメだ……
こんなんで、ちゃんと言えるのかな。惺が好きだってこと。
がっくりうな垂れていると、急にドアが開いて惺が姿を現した。
「っ!……惺」
「何をしているんだ。こんなところで」
不審そうな、惺の声。考えていたことを見透かされてしまっているような気になって、俺は慌てて傍らに置いてたトレイを手に立ち上がった。
「あの、惺…また何も食べてないんじゃないかと思って」
「いつものことじゃないか」
「そうだけど。でもあの、やっぱ何にも食べないのは、身体に悪いと思って、それで…その」
不恰好なおにぎりを見つめたまま、しどろもどろに言い訳を考える。無表情の惺は俺と皿を交互に見て、呆れたようにため息をついた。
「お前が作ったのか?」
「うん…上手に出来なくて、ごめん」
「そうだな。まあ、どう贔屓目に見ても美味しそうには見えないな」
手厳しい評価に俺が肩を落としてると、惺は何も言わずに一つ手に取ってくれた。驚く俺の前で、それにかじり付いてる。
「惺…食べてくれるの?」
「なんだ?食べるために作ったんだろう?…どんな見た目でも、味は同じだ」
冷たい声だけど、俺はほっとした。
惺はね、いつも抑揚のない声で、厳しいことばっかり言うけど。ちゃんと俺のことを見ていてくれる。
どんなに頑張っても、ほとんど褒めてくれることはなくて。じいサマが「よくやったな」って言ってくれてても、隣で「これくらいは当然だ」って言い放つんだ。でも俺は、惺が見ていてくれるなら、どんなことでも頑張れるんだよ。
嬉しい。
惺のために一つでも出来ることがあるなら、俺にはそれ以上の喜びなんかない。
惺は眉を寄せて、一口食べたおにぎりを見てた。
いつもみたいに馬鹿な子だなって、言われるかな。でもいいや。食べてくれたし。
俺は少し見下ろすようになってしまった惺を、じっと見つめる。
非の打ちどころがないくらい、整った容姿。細身の身体は、俺みたいな骨っぽいものじゃなくて、なんていうか均整が取れてて柔らかなカタチをしてる。
冷たい眼光が怖いくらいに綺麗で、眼鏡をかけてるから余計に近寄りがたい印象を受けるんだ。