俺はゆっくり歩きながら、斜め前を歩く惺(セイ)を見つめてる。
真っ黒な髪と、冬になっても色の落ちない、少し灼けた肌。細い首筋がちらちら見えて、視線を離すことができない。
珍しくスーツ姿の惺は、片手に学校でもらった書類を持っていた。
今日学校で、三者面談があったんだ。進路指導の。
俺の通ってる嶺華(リョウカ)学院は、幼稚舎から大学部までのエスカレーター式だけど、外部進学をする生徒もいるし、内部進学の審査テストは三年の春。だから二年のこの時期に、しっかり進路指導をする。
俺はさっき担任の先生から「内部進学をするなら問題はないが、外部を受けるならもう少し頑張ったほうがいい」って言われた。
別に構わないよ。とくにやりたいことってないし、幼馴染みで同い年だけど、一学年先輩の双子、笠原千夏(カサハラチナツ)と千秋(チアキ)も大学部へ進むって言ってたし。
そんなことより俺には、こうして久しぶりに惺と一緒に歩いていられることのほうが、重要なんだから。
最近だいぶ寒くなってるけど、今日はちょっとあったかい。俺は左手に自分の鞄を、右手に惺のコートを持ってる。
持つよって言ったら、黙って預けてくれたんだもん。
黙って、ってところが重要なんだよ?お前には任せられないとか、気をつけなさいとか、そういう言葉ナシで惺が俺に、何かを預けてくれたんだ。
これくらいのことで頼りにされてるとまでは言わないけど、こうして少しずつでも惺のために何かが出来るようになるのって、やっぱり嬉しい。惺が何でも出来るのはわかってるけどね。
一緒に住んでるんだから、そのうち家事なんかも、対等に出来るようになるといいな。掃除も洗濯も、今は惺に頼りっぱなしだから。
あ、自分の部屋は自分で掃除するよ。
というより、小さい頃から「自分の部屋ぐらいは自分で管理しなさい」って惺に言われてるから。片付いてないと、怒られるしね。
学校から家までの、ほんの十五分の間だけど。黙って歩く惺の斜め後ろは、俺の幸せな居場所。じっと惺のことを見つめていられる場所なんだ。こうしてると、惺がいつもより身近に感じるし……あれ?
なんだろ。
惺が道の向こう側、歩道を見てる。
俺もそっちを見てみたら、嶺華の幼稚舎の制服来た子が歩いてた。兄弟なのかな?男の子三人。
一番ちっちゃい子がよたよた歩くんだけど、他の二人が手を出すと嫌がって逃げちゃうんだ。
あれを……見てるの?
惺の顔に視線を戻したら、その口元にふっと笑みが浮かんだ。
すぐに消えて、もとの不機嫌そうな無表情に戻ったけど。懐かしそうな、どこか楽しげな表情。
こういう惺が見られる一瞬があるから、一緒に歩くのは大好き。
「ねえ、惺」
俺は惺が見てた三人の兄弟を振り返りながら、聞いてみる。機嫌良さそうだし、答えてくれるかな。
「なんだ」
「惺には兄弟、いるの?」
ああ、また一番小さい子がよろよろ転びそうになってる。業を煮やしたのか、一番大きい子が強引に手を握っちゃった。
嫌がって泣き出した小さい子を、真ん中の子が慌てて頭撫でて、宥めてんの。
微笑ましい情景はなんだか、俺とナツアキの小さい頃みたいで。ちょっと懐かしいような照れくさいような感じ。……だから俺は、三人の子供たちばかり見てて、惺を見ていなかった。
「…どうだろうな…」
やけに暗い声。びっくりして惺に視線を戻したけど、もうその時には、いつもの無表情になってる。
「惺?」
どうだろうなってそんな、兄弟がいるかどうかわかんないみたいな言い方しないでよ。……聞かれたくないのかな。
「あの…ごめん」
「何を謝ってるんだお前は?…帰るぞ」
「うん」
気にしてないそぶりで惺が歩き出すから、俺もおとなしくついていく。
元々惺は、あんまり家から出たがらないんだ。
ほんと、仕事の打ち合わせとか、じいサマのところへ行くぐらい。惺に引き取られてから、旅行とかも全然したことない。
うーん、全然ってことはないかな。一度だけ、北海道行った。
ナツアキに誘われたんだけど、俺は惺と離れたくないから断って。そしたら笠原のじいサマが、自分も行くから付き合えって惺を説得してくれたんだ。……でもさあ、着いた先の北海道で、惺はずーっとホテルにいたんだよ。じいサマと一緒に。
お前は双子と遊びに行きなさい、とか言って、俺のこと放置なんだもん。
アキがなにかと気を使ってくれたけど、俺はあんまり楽しいと思えなかった。
そんな風だったから、旅行はあんまり好きじゃない。遠いところへ行ってみたいとか、全然思わない。
だって俺は惺と一緒なら、どこにいてもいいんだから。どうせだったらこうやって、近所を二人で歩く方が嬉しいよ。