なんで、あんなことをしたのか。
どうして惺(セイ)を傷つけたいなんて思ったのか。
日が経つにつれて、わからなくなる。
「あ…っん、ああっ!や、あああっ」
「っ…ん…。…惺、大丈夫?」
ゆっくり動きを止めて、俺は惺の前髪を払ってみる。汗で貼りついた髪。
苦しげだった瞼が上がると、ぼうっとした瞳にはいつも、何も映っていないように見えるんだ。
「惺…辛い?」
尋ねてみるけど、荒い息をついてぼんやりしてる惺は、意識を飛ばしてしまっているみたい。
俺は身を起こして、惺を見つめる。まだ繋がったままのところが擦れて、ぐちゅって、出したものが淫らな音を立てた。
「んっ…や、あ」
「うん」
「なお、と」
「…抜くよ、惺。力抜いてて?」
「や…っ、まだ…な、お」
「…惺…」
ああ、まただ。惺は肌が離れてしまうの嫌がって、俺に縋ってくれるけど。全然、無意識なんだよ。
あれからもう、一週間以上経ってて。
俺は毎日、惺を抱いてる。
俺が頼んだ通り、惺は何も言わず抱かれていてくれる。細い身体を抱きしめると、必ず怯えたように震えるけど。でも何も言わずに身体を任せてくれるんだ。
俺の部屋のベッドでも。リビングのソファーでも。バスルームでも、惺を抱いたけど。ただ初めて身体を繋いだ、惺の部屋で抱くことは許してくれない。
激しく拒絶されたわけじゃないんだ。惺がここは嫌だって、小さく呟いただけ。
でも俺は自分のしていることの後ろめたさに、何も言わず惺の言葉を受け入れた。
後悔、してないわけじゃないよ。
いつも厳しくて、ずっと親代わりをしてくれていた惺が、俯いて抵抗一つしないことを、喜ぶほどバカじゃないから。
後悔、してる。
俺は間違ってたって、思う。
身体だけなんて、言うんじゃなかった。心が手に入らないセックスなんか、意味ないって思い知ってる。
でもじゃあ止められるのかって言われたら、それも出来ないまま。
惺の手を取って、ちゅっと口付けた俺はそっと惺の痣を撫でた。
惺の痣は腰の真ん中にあるから、細い身体を抱き寄せるとき、俺は自然と自分の右手の痣で惺に触れることになるんだけど。
いつだって、見てもないのに惺には、痣が重なってるってわかるみたいで。そのことに酷く感じるんだ。
「あ、あ…ぁっ…なおとっ」
「ごめんね…惺、好きだよ」
酷いことしてるって、わかってる。
惺は俺が右手で痣に触れると、意識のあるときは嫌がって悲鳴を上げるのに、意識を飛ばしてしまうとこうして、甘えてくれる。もっとって欲しがって、泣いて。俺の名前を呼ぶんだ。
「っと、もっと、なお…」
「したいの?惺…」
「ん、んっ…や」
「したくない?」
「や…っあ、まだ…なお、と」
「うん。…じゃあ、このまま繋がってようか…惺が欲しくなるまで…」
俺はもう一度身体を重ねて、左手で惺の肩を抱くと、右手で何度も痣を撫でる。
すりって頬をすり寄せる惺が、子供みたいにあどけない顔で俺を見上げてる。
俺はちょっと口元を緩めて、惺の頭を撫でた。
「どうしたの?」
「なおと…」
「うん」
「なお…なおと」
「寂しくなった?…俺は、ここにいるよ」
全然違うんだ。
ほんと、別人かと思うくらい。
二回くらいイッて、わけがわからなくなった惺は、いつもこうして俺に甘える。抱きついて眠ろうとしたり、同じベッドの上にいても、離れるのを嫌がったり。まるで小さい頃の俺みたいに。
こんな惺を見るたび、柔らかい身体を離せなくなっていく。
愛しさばっかりが大きくなって、俺は自分に歯止めをかけることが出来なくなる。
でも、目が覚めるとね。
黙って俺から離れていくんだ。
物凄く後悔した顔、するんだよ。
俺を責めてる感じじゃないんだけど、でも悔しそうに眉を寄せて、一人でバスルームに消えてく。
そうしてそのまま、自分の部屋に戻っちゃうんだ。
……泣いてると思う?
俺に抱かれた身体、かきむしって泣いてるかな。
俺は見られないから、わからない。
最初はやっぱり、気になってね。一晩中じっと黙って、惺の部屋の前に座ってた。背中を惺の部屋の壁につけて、朝まで待ってたけど。起きてきた惺は何も変わらない様子で、いつものように朝の支度を始めたんだ。
そう、惺はいまでも変わらず、俺の面倒を見てくれてる。
朝になったらご飯作って、帰ってきたら掃除も洗濯も済ませてある。完璧だった家事は、完璧なまま。
仕事はしてる様子がないかな。でも帰ると必ずリビングにいてくれる。
ぼうっと座ってるんだ。何をするでもなくね。
口数は減ったよ。減ったっていうか……全然、喋らなくなった。元から惺は、たくさん話す方じゃなかったけど。