俺やっぱり、頭悪いんだと思う。
なんか全然わかんないんだ。
自分がどうしたらいいかも、惺(セイ)が何を考えてるかも。
あんなに悩んで、泣いて、答えを出したのに。また振り出しに戻って、考えてる。
……俺、どうしたらいいんだろう?
バイトして金貯めて、出来るだけ早く惺から離れようと思ったのは、惺のためだ。
惺は俺から離れたがってるし、俺は惺を傷つけるばっかりだし、何より惺には結ばれるべき人がいるんだって。じいサマが言ってた。
なら俺に出来ることは、早く惺の元から離れてあげて、負担にならないようにするだけだって思ったから。
惺のことを好きだと思う気持ちは、何も変わらない。惺を欲しいと思う気持ちだって、強くなるばかりだけど。
そんな俺の気持ちなんか、結局はどうでも良くて。大事なのは惺が幸せになることだと思ったんだ。
俺が泣くぐらい、どうでもいいじゃん。
そう考えたから俺の出来る全てで、惺の望みを叶えてあげようと思ったのに。
なんか……ほんと、わかんない。
何考えてるんだろう、惺は。
「直人(ナオト)」
呼ばれた俺は、はっとして箸を置いた。惺の作ってくれた朝ごはんは、今日も文句なく美味しくて。変わらない日常に、俺だけがぎくしゃくした毎日を送ってる。
ぼけっとしてたのを咎められたのだと思ったから、慌てて手を合わせたんだけど。
「ごちそうさまでした。今日も美味しかった、ありがと…惺?」
ダイニングテーブルの、俺の向かいに座ってるはずの惺がいない。あれ?と思ったときには、いつの間にか横に立ってた惺に、肩を掴まれてた。
「何をしてるんだ」
「あ、あの…ごめん」
「ついてる」
惺の言葉が、どうやら俺の口元についてる米粒のことを指してるんだとわかって、手を伸ばそうとしたけど。それより早く眼鏡を外して屈んだ惺が、舌を伸ばして取ってくれる。
「っ!…せ、惺」
だから、なんでこんなことすんの!?
「ん、取れたぞ」
「ああ…うん。ありがと」
焦る俺は慌てて惺から離れようとした。なのに惺は、ついでだとばかりに俺の唇を塞いでしまう。
「ちょ…っ!」
「…こら、おとなしくしてなさい」
おとなしくしてろじゃないってば!
そりゃ、そりゃね。
確かに俺は無理矢理、惺のことを抱いてたし。何度も何度も身体を繋いで、キスもいっぱいしてたけど。
でも惺からされるキスには、どうしても慣れることが出来ないんだ。
だってさ、だってオカシイじゃん!
惺は俺を好きなわけじゃないのに!!
それでも惺は俺の首筋に腕を回して、唇を重ねる。差し入れた舌で、ゆっくり俺の口ん中を舐めてる。
小さい頃にもほとんどされたことなかったのに、優しく頭を撫でてくれる。
固まる俺は、目を閉じることも出来ないし、もちろん調子に乗って肩を抱くことも出来ない。
なんだろコレ…俺たちは何してるの?
伏せた睫が長くて、間近になった綺麗な顔に、どきどきするよ。でも頭が混乱してて動けない。
そっと唇を離した惺は、やっぱり笑顔ひとつ見せてくれなくて。オマケだとばかりにちゅって額に口付けてから、キッチンの方へ歩いていった。
「あの…惺?」
どうしてこんなこと、するの?
外してた眼鏡をかけてしまえば、惺の様子はいつも通り。
「何だ?」
「いや、何だっていうか…」
「早く行きなさい、遅刻する」
食器を洗い始めた惺は、ちらりとも俺の方を見ない。俺はそれ以上何を言うことも出来ず、おろおろ立ち上がって自分の鞄を手に取った。
「えっと…行って、きます」
「ああ」
「今日はバイトで遅くなると思うんだけど」
「食事は?」
「家で…食べる」
「わかった」
逃げるようにしてダイニングを離れると、玄関で一度、大きくため息をつくんだ。
それがこのところの、俺の習慣。
家から嶺華(リョウカ)の高等部学舎までは、歩いて十五分ぐらい。その道のりを歩きながら、俺は頭を悩ませる。
惺にここを出るよって言って、もう俺のことは気にしないでって伝えたのに、いきなりキスされて動揺してから……何日かな。
毎日繰り返すキスの理由は、何も告げられていない。
俺は自分から惺に触れられなくなって、もちろん抱いたりもしなくなってる。だから惺から与えられるキスは、セックスに繋がるようなものじゃない。
余計にわけがわからないよ。
挨拶というには濃厚なキスだけど、気持ちを伝えるには習慣化されてしまってるキス。
朝でも夜でも、惺は気が向いたときに俺を捕まえて、何も告げずに唇を重ねる。でも混乱する俺をそのままに、あっさり離れていくんだ。
家を出る話も、まだ宙に浮いたまま。
バイトだけはなんとか始めたよ。