じいサマの話を信じたのは本当だけど、全部受け止めきれたかって聞かれたら、俺には答えられない。
だってさ、人間がずっと死なずに生きてるなんて言われて、あっさり納得できる?少なくとも俺は、そこまで柔軟なアタマをしてないよ。
惺(セイ)が見た目以上に丈夫で、風邪一つひかないことや、どんなに忙しくしてても大して疲れた様子のないこと。
今かけてるメガネには度なんか入ってなくて、それを外してしまったら十年前に会った時と、何一つ変わらない容姿でいることは……わかってるんだけど。
大人って十年くらいじゃ、そんなびっくりするほど変わったりしないじゃん。
ナツアキのお母さんだって、初めて会った頃からそんな、変わった気がしない。いつ会っても、少女みたいな人なんだ。
本人は太ったとか皺が増えたとかって、会うたびに言うけどさ。それは主観的なものだよね?
客観的に見て、俺には変わってるように見えないよ。
でも俺がいま持ってる写真に写ってる人は、絶対に惺だとわかる。二人の若い男が写ってる、とても古い写真。
隣に写ってる人だって、やっぱりじいサマなんだろう。
じいサマの歳から判断して、この写真は六十年くらい前に撮られた写真だ。そこに惺が映ってのは、確かにありえないこと。
この奇妙な現象は一見、じいサマの言葉を証明しているようだけど。でも今時、パソコン使えば俺でもこれくらいの合成、出来てしまうから。
じいサマがそんなことするはずないって思いながらも、そういう合成やトリックの可能性を頭に置いてる時点で、俺はちゃんと信じられていないんだと思う。
じいサマが惺を大事にしてる気持ちは、痛いくらいに理解できたんだけどね。
きっと俺にとって、惺が死なないとか、それが事実かどうかとか、そういうのがあんまり重要じゃないからだと思うよ。
俺は結局、惺が幸せそうに笑ってるのを見たいだけなんだ。
惺がそれを望んでなくたって構わない。だって永遠の孤独なんて、どう考えたって幸せじゃないんだから。
俺ね、一人が寂しいってことだけは、誰よりわかるつもりだよ。孤独っていう檻がどんなに恐ろしいものか、身をもって知ってる。
幼い頃に経験した、たった数日間の孤独は、いまだに俺を蝕んで、時々震え上がらせるんだ。
死んでしまった方が楽だって思うのに、このまま一人で死んでいくのかと思ったら怖くて、身動き出来なくなる。
母さんから捨てられて、命を落としかけていた俺に手を差し伸べてくれたのは惺。
迷子になって、冷たくなってく手足に動けなくなってた俺を見つけてくれたのは、ナツとアキ。
進むべき道がわからず、惺を傷つけた俺に、真実を教えてくれたのはじいサマ。
じいサマも言ってた。
人は、一人で生きていくことは出来ないんだって。
俺は一人じゃ生きていけないよ。惺がいないんなら、誰もいなくていいなんて。随分と大きなこと言ったよね。
出来ないよ、そんなこと。
惺がいなくなってしまったら、俺はきっと蹲って泣いてると思う。何もかもが嫌になって、生きるのも死ぬものも怖くて。
十年前……古くて寒いアパートで、一人帰ってくるはずのない両親を、待っていたときみたいに。
でもきっとさ。
きっと今度もまた……誰かが手を差し伸べに来てくれる。俺が生きるために力を貸してくれると思うんだ。
あの時、惺が来てくれたみたいに。
ナツが怖い顔して、叱り付けに来てくれるかな。アキが心配そうに、俺の肩を撫でに来てくれるかも。
ちゃんと頼めば、じいサマが惺の行方を探す俺に、力を貸してくれるだろう。
そうして俺はやっと、自分が一人じゃないってわかって、立ち上がるんだ。己の幸せに気づいて、笑うことが出来るはず。
惺に幸せだなって、思って欲しいよ。
自分は一人じゃないんだって、気づいて欲しい。
長い時間の間にたくさんの大切な人を失い続けて、忘れてしまってること。
もう惺のそばに、みんなはいないかもしれないけど。でも確かに彼らは惺のそばに居て、惺の幸せを祈ってたんだ。
昔の惺は、もっと笑ってたのかな。
惺はじいサマといる時、自分が笑ってることに気づいてないのかもしれない。
誰かと一緒に時間を重ねていくことが、惺の幸せなんだったら。その幸せを取り戻すのに、俺が必要なんでしょう?
もうね。利用されるだけでも構わない。俺を好きになってくれなくたっていい。
ただ、幸せになって欲しいだけ。
幸せに笑ってる姿、ずっと惺を見守ってきたじいサマに見せたい。俺だって、惺が幸せになったのを見届けたい。
マンションの下までたどり着いて、俺は惺が待っていてくれるはずの部屋を見上げた。
俺には惺が好きだって気持ちしかないけど。これだけなら誰にも負けないんだよ。