じいサマ、笠原泰成(カサハラタイセイ)の住んでる家は、家って言うより屋敷と呼ぶ方が相応しい広さなんだ。地図にも載ってるんだよ。ちゃんと笠原邸って書いてある。
小さい頃はナツアキと一緒に、広い庭で転げ回って遊んでたし、屋敷の中でかくれんぼしたりもしてた。
惺(セイ)と賭けをしてから一週間。
気づけは街はどこもかしこも、クリスマスのディスプレイに彩られて、寒い季節を吹っ飛ばすような華やかさ。その中をのんびり歩くのも楽しいかな?と思って、俺は今日じいサマの家まで一時間ほどの道のりを、散歩がてらに歩いてきた。
じいサマに借りた大事な写真、返しに来たんだ。まあ……報告も兼ねてって感じかな。
本当は写真を借りた翌日にでも返しに来たかったんだけど、俺は自分で傷つけた手のことで惺に病院へ連行されてたし、何よりじいサマの方が忙しくて、会うのが一週間後の今日になっちゃったんだ。
電話で一応の報告は済ませてあるんだけどね。電話口でじいサマは、良かったなって言ってくれた。
すごくほっとした声で。
門を抜けて大きな洋館の扉に近づいて行くと、開け放った扉の傍らにじいサマが立っている。俺はその姿を見つけて、駆け出した。
「じいサマ!」
「時間通りだな」
あったかそうなコートを着ているじいサマは、軽く片手を上げて、笑顔で俺のことを迎えてくれた。……珍しいの。
「出掛けるの?」
「いや、お前を待っていたんだよ」
「珍しいじゃん。じいサマが俺を迎えに出てくれるなんて…初めてなんじゃない?」
屋敷は広いし、働いている人はたくさんいるしで、じいサマを尋ねて来たって、こうして迎えに出てくれることなんか、今まで一度もなかった。
たとえ顔なじみの俺でも、いっそ孫のナツアキでさえ、この屋敷では誰かに案内してもらうのが普通なんだ。
迎えに出て来てくれたのは嬉しいけど、年末も近づいてる今日は、若い俺でも相当寒い。早く屋敷の中へ入ろうよって促したんだけど、じいサマは首を横に振った。
「お前に見せてやりたいものがあってな。ついて来なさい」
先に立って歩き出すじいサマの、隣に立っいてた来栖(クルス)さんが、にっこり微笑んで「後ほど温かい物でもお持ちしましょうね」って言ってくれる。
この人はね、ええと…家令(カレイ)っていうんだったかな?笠原家をずっと取り仕切ってる、じいサマの右腕。じいサマより少し若いけど、いつもあったかい笑顔で迎えてくれる人なんだ。
お願いしますって頭を下げて、じいサマの後ろを追いかける。
じいサマは屋敷を出て左手の庭から、建物の裏の方へ歩いていた。
「こっち、来てもいいの?」
物珍しくあたりを見回してしまうのは、遊び慣れた笠原邸の庭とはいえ、あまりこっちの方へは来たことがないから。
すごい広い敷地なんだもん。小さい頃から頻繁に出入りしているとはいえ、さすがに全部は把握してないよ。
それに小さい時から、こっちの方は危ないから行っちゃダメだって言われてたし、大人たちの言うこと聞かずにナツアキと探検してて、この付近で迷子になってからは、自分でも近寄らないようにもしてたし。
じいサマは慣れた足取りで歩きながら、俺を振り返った。
「まあ、直も大人になったことだしな」
「そう…思う?少しは大人になったかな」
俺が言うと、じいサマはちらりと俺の右手に目をやった。自分のしたことに後悔はないけど、まだ一週間じゃ包帯の取れてない、傷つけてしまった右手。
「えーっと、ごめんなさい」
「…確かに子供かもしれんなあ」
ため息ついてる。
そうなんだよね……こういう方法しか思いつかなかった俺は、確かにまだまだ子供なのかもしれない。電話で話したとき、この右手の顛末は、じいサマにも怒られてしまった。
「痛くはないのか?」
「うん、もう平気。だって惺が毎日、包帯変えてくれるし」
答えた俺の顔が、よっぽど嬉しそうだったんだろう。それで痛みが引いてしまうのかお前は?って。じいサマは笑ってた。
笠原の屋敷はどこもゆったりと広い造りになってるけど、この辺りはまるで目隠しでもするみたいに、大きな木がたくさん植えてある。
久しぶりに足を踏み入れて、俺は伸びた身長の分だけ見晴らし良くなった庭に、その意図を知ることができた。
たぶん、俺の考えは合ってると思う。
目隠しになるよう、わざとこんな風に、わかりにくい庭を造ってあるんだ。
背の高い木は複雑に入り組んで、迷路のようになってるけど、鬱蒼としているようでいて、ちゃんと手入れが行き届いてる。