「だからっ、そういうことは!」
怒鳴りかけ、朔の厳しい視線に気付くと咄嗟に黙って。圭吾はぷいっと二人から視線を反らせしまう。
「…言えってんだ馬鹿野郎…俺ぁ気が利かねえんだよ。知ってるだろうが」
ぶつぶつと。独り言の様な圭吾の言葉に、桜太は朔を見上げ、そっと着物を離して圭吾のそばへ歩み寄った。
「兄ちゃん…ごめんなさい…」
心配そうに見つめる朔の視線。いつのまにやら出来上がってしまったらしい、朔と桜太の絆を見せ付けられて、圭吾は溜息をついた。
「…いつも淋しかったのか?」
「うん…」
「どうしてたんだ。前は」
「我慢、してた…」
「お前なあ…」
「だって…。一人でご飯食べるの美味しくないけど…一人で寝るの怖かったけど…でも、兄ちゃんと約束してたから…ちゃんと留守番、してたよ…」
ふえっと泣き出した桜太に苦笑し、小さな頭を撫でてやっている圭吾を見つめて、朔は無意識に自分の衿元を握り締めていた。
ずきっと、胸の奥を走った痛み。
痛みしか感じないはずの身体が、どこかに傷を作って少し熱くなっている気さえする。
「ったく…泣くなよ桜太。…怒鳴って悪かったな」
「兄ちゃん…」
「もう怒らねえから、泣き止みな」
圭吾の似合わぬ言葉に朔が驚き、目を見開いたりするから。それに気付いた圭吾は、再びむすっとしてそっぽを向いてしまう。彼の表情を見つめ、朔はさっきから痛みの引かない胸に手を当てた。
もしかして、この男。どうしようもなく不器用なのだろうか?この不貞腐れた表情も、ひょっとして……照れている?とか?
懸命に目元を拭う桜太の手を取り、圭吾は袂から小さな包みを取り出して、桜太に握らせた。
「兄ちゃん?」
「土産だ。欲しかったんだろ」
「お土産?…わあっ!」
包みを開いた桜太は、途端に目を輝かせる。さっきまで泣いていた烏がなんとやら、というやつだ。
「金平糖だ!!」
「こんぺいとう?」
ぼそりと呟いてしまった朔を、圭吾が見上げた。びくっと肩を震わせていると、彼はいつもの無表情に戻って立ち上がる。
「あんたがこんな、世話焼きな男だとは思わなかった」
「…別に、そんな…」
「まあ、子供は好きだったよな。昔から」
「昔?」
一体どういう意味だと、問おうとした朔の手を取って。圭吾は桜太に渡した物と同じ包みを乗せた。
「食ったこと、あるか?」
「…いえ…」
「砂糖菓子だよ、それ食って待ってな」
「あの…」
戸惑う朔の頬に触れた圭吾は、見たこともないような甘い笑みを浮かべる。
「また、夜に来る」
「…………」
「ほら桜太。帰るぞ!」
「うん!またね、朔!ありがとう!」
大きく手を振って、振り返らない圭吾を追いかける桜太を見送った朔は、圭吾が今度は錠さえも掛けずに立ち去ったことに気付いた。
包みを開いてみる。
真っ白で小さい、星型のもの。兄の痣を思い出させる様な、きれいな造形。一つ摘んで口に入れた朔は、それがゆっくり溶けていくまで動くことすら出来ないで、立ち尽くす。
「甘い……」
ぽつりと呟いた。
出会いの日から今日までの酷い仕打ちを、一瞬だけ目にした柔らかい笑みが消そうとしている。
惑わされるなと自分に言い聞かせ、朔は何度か頭を振った。