何も言わない圭吾の唇に、同じように何度か水を運んでやって。唇を重ねるたび閉じていた目を開けたとき、朔の瞳は熱もないのに潤んでいた。
「まだ、飲みますか?」
「…いや…いい」
「…もう少し眠って下さい…圭吾」
囁く声が震えるのは、どうして?
圭吾はじっと何もないはずの天井を見上げ、朔を見た。悲しげな色に、優しい笑みが混ざっていた。
「圭吾…?」
「そうだな」
「え…?」
「返さねえとな…。…夢ってのは…いつか覚めると、相場が決まってる…」
朔にはわからないことを囁き、圭吾は握っていた布きれを差し出した。
古い布。
赤褐色の染みがある、どうしてか見覚えのある、藤紫の布。
「なん、ですか…?」
「…返しとくよ」
「…私に?」
どうして朔に?
わけがわからない様子の朔に布を押し付けて、圭吾は目を閉じた。大きく吐き出した息が熱い。……火傷しそうなほど、熱い。
「けい、ご…」
「好きにすりゃあ、いい」
「え…?」
「ここにいたけりゃ、いてくれればいい。どこかへ行きたいなら、そうしなよ…」
唐突な言葉に動揺する朔の空いた手を、圭吾が握り締める。目を閉じたまま、悲しいほど強く縋っている。
言葉とは正反対の、熱い手。朔は躊躇いがちに握り返した。
「…朝、あんたがいなかったら…俺は…諦める、から…」
初めて聞いた、圭吾の弱気な言葉。
自分の瞳からどうして涙ばかり零れるのか、朔にはわからなかった。