[Novel:01] -P:03-
ぼそぼそ言って部屋を出て行った宏之は、晃の瞳に零れそうなくらい溢れていた涙を、見ることは出来なかった。
ぽてぽてと、情けないくらいに肩を落として街を歩いていた。晃に自覚はないのだが、そのしょげた様子はすれ違う人が「大丈夫か?」と振り返るほど。
どこへ、と考えて出てきたわけじゃない。
でも今日みたいな日に、一人家にいたってぐるぐるイライラするだけに決まっている。
見上げれば、本日はムカつくぐらいの快晴。珍しく宏之が稽古もバイトも休みだというから、本当はどこかへ出かけたくて。切り出そうと思っていた矢先に電話がかかってきたのだ。
――怒ってたよな。
当然のことだけど。
――もう許してくんないのかな。
それは、もしかしたら好都合なのかもしれない。
自分が老いてゆかないことを知ったのは、結構前だがいつだったかは忘れてしまった。
契約だとか、呪いだとか、なんかそんなことを言われた気がする。でも元来能天気な晃は「死なねーの?ラッキーじゃん」くらいにしか考えていなかった。
恐ろしいくらいの孤独に気付いたのは、本当に一人きりになってから。まだ若い容姿で時を止められてしまった晃は、長く同じ町にとどまっていることが出来ない。
ここに痣があるよ、首筋を撫でて教えてくれた人。晃の刻印は太陽なんだね、と優しく笑ってくれた人。二人が今どうしているかは知らない。
探そうという気もなかなか起きなくて。もしかしたら二人とも、もうこの運命から解き放たれてしまっているかもしれないから。
自分たち三人は、死ぬことも老いることもない。けれど同じ形の痣を持つ、運命の相手と千の夜を共にすれば開放されるのだと知らされた。……それを誰が教えてくれたのかも、晃は覚えていないけど。
なにもかも、古すぎておぼろげな記憶。
彼らは見つけただろうか?運命の人。もし見つけていたら、とっくに晃と同じ世界にはいないのだろう。
今までもたくさんの女性と、時には男と、肌を合わせてきた。身体のどこか、なんていう曖昧な根拠で痣を探すには、ベッドの中が好都合だったから。
大好きだった人も離れ難かった人も、何人かいた。でも、彼らが「探しモノ」ではないとわかると、急に気持ちが冷めてしまう。
どうせ長くは一緒にいられないからだ。
とくに女性は、老いを知らない晃の存在に苦しむから。自分だけが年老いていく現実は、いつも彼女たちを傷つけた。
たった5年かそこらしか経っていないのに、自分を「醜くなった」と嘆き、晃に銃を向けた女がいて。彼女に撃たれた傷が塞がっていくのを見ながら、晃は一箇所に留まる期間を三年、と決めてしまった。
起き上がったときには、女の悲鳴が響いていた。確かに銃で撃ち抜き、殺したはずの晃が平然と起き上がったのだから当然だ。
バケモノ!と叫ばれた。叫ばれても、否定出来るだけの言い訳は持ち合わせていなかった。
ただ少しだけ、悲しかったのを覚えている。
ぼうっと歩いていた晃は、自分のいる場所が意外なところだと気付いて、思わず笑ってしまった。
足を止め、植え込みのそばに腰掛ける。久しぶりに来たとはいえ、なんだかもっと、気が遠くなるくらい長いこと見ていなかったような、不思議な気持ちで見つめる。
いや、ただの公園なのだけど。あまり広くもない、子供たちのための遊具だって、そんなにない公園。
でも、思い出深い場所だ。
ここは晃が、帰って行く宏之を追いかけて、捕まえて、好きだと伝えた場所。