[Novel:01] -P:05-
ゆっくり昇ってくる太陽を身体に浴びながら、晃は静かに泣いていた。声なんか枯れてしまって出なかったけど、涙が溢れてどうしようもなかったのだ。
――コウ?
心配そうに聞いてくれる宏之に頭を振り、誤魔化すように太腿の大きな傷を撫でた。
――これ、どうした?
――ああ、交通事故に遭って…
何人も、肌を重ねた。好きだと思った人の身体に、何度も希望を探した。だから絶望は初めてじゃない。なのに、こんなにも。
辛くて、淋しくて。
遠からず離れなければならない人なのだと理解するのが、泣くほど痛かったのは初めてだ。
――ずいぶん前だよ。子供の時。
死にかけたんだ、と笑っていた。笑みに細くなる瞳が、胸を裂くぐらいに好きだ。
大きな傷に唇を寄せる。
幼い宏之に訪れたのだろう不幸を思い遣るだけで、悲鳴を上げる胸は痛みを増し、泣けてくるぐらいいなのに。
彼は、違うのだと。確かめてしまった。
――痛い…?
小さく尋ねる晃に、宏之は驚いた顔をして。それから、冷え切ってしまっている晃の心の中まで溶かすような、あったかい笑顔を浮かべた。
――もう、痛くない。
泣かなくていいよ、と。優しい声。
身体が引き裂かれる。
初めて運命を呪った。
こんなにも、好きで。どうしても一緒にいたいと、願うのに。
何をしたというんだろう。どうして自分だけ、こんなに悲しい目に合うのか。ただ、この人と一緒にいたいだけ。
昨日と同じように明日を。明日と同じように十年後を。共にありたいと望むのは、そんなに罪なのだろうか。
涙を拭ってくれる宏之の大きな手に頬をすり寄せて、晃は自分に、諦めを言い聞かせていた。
「……もう三年かあ……」
座り込んでいた植え込みから立ち上がり、溜息をつく。口の悪い晃のこと、一緒に暮らすようになってからも、喧嘩は何度となくあった。でも宏之が晃を置いて出て行ったのは初めてだ。
もしかして、まどか、という女性はそんなに大切な存在なのだろうか?
一度も聞いたことのない名前。宏之の母親とも、二人の姉とも違う名前。浮気をするほど器用な男じゃないと知ってるけど、だからそれは……本気、ということ?
「ベストタイミング、ってやつ?」
わざと口に出して、へらりと笑ってみる。どうせもうすぐ離れなくてはいけない、というこの時に。あんなにも宏之を怒らせたなら、それこそ運命の決めた潮時、とかいうことなのだろうか?
……なら。このまま、何も言わずに消えてしまうのはどうだろう?視線だけ駅の方へ向けてみる。晃が消えたら、宏之はその女性と一緒に暮らすのだろうか。
晃と住んでいる部屋で。
晃にしたのと同じくらい、優しく愛し合って?
――わ〜。想像だけで泣ける。
馬鹿馬鹿しい。宏之がそんなお手軽な人間じゃないのは、誰よりも知ってる。でもいつものように、傷つけあって別れるくらいならいっそ。
「……なに百面相してんの」
自分に向けられた声だと理解して、慌てて振り返った先にいたのは、いま一番会いたくない、会ったなら一番八つ当たりたい相手だった。
背の高い男はインテリっぽい眼鏡の奥から、面白そうに晃を見ていた。
ひょろりと細いなよっちい容姿が、これでいてカッコイイ、などと言われているのだから、世の中わからない。いや、ここ数十年で女どもは趣味が悪くなったに違いない。
こんな男が、劇団で一番人気の人物だなんて。
「……オッサン」
物凄く嫌そうな声で言う晃に、男は大げさな身振りで肩を竦めて見せた。
「オッサンはヒドイなあ。これでもまだ二十代だよ?」
「ギリだろ」