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[Novel:01] -P:06-


「やれやれ。ご機嫌ナナメだね。カワイイ顔が台無しだよチビちゃん?」
「チビちゃん言うな!」
 男、二階堂にからかわれているとわかっていて、しかもおそらく二階堂の思惑通りに反応してしまっているだろう自分にも腹が立って。
 くるりと背を向けた晃は歩き出そうとするが「待って待って」と腕を掴まれた。
「あれ。細っいな〜」
「ひょろいあんたにだけは言われたくない」
「なんで?結構脱ぐとスゴイんだけど」
「死語。古っ!つか離せ」
 振り払おうともがいてみるが、いっこうに離れる気配はない。力づくを諦めて、じろりと睨み上げる。
「怖いな〜。ほんと、相変わらず子猫みたいだねえチビちゃん。ちゃんと食わせてもらってる?」
「るさい」
 食わせてもらうも何も、晃の身体は断食しようとヤケ食いしようと、1グラムだって変動しないのだ。こうやって掴まれた手がムカついたとしても、鍛えて変わる身体じゃない。
 まあ、そんなこと。口が避けても絶対に!二階堂だけには教えてなどやらないが。
 
 大体がこの二階堂という男、脚本家だか演出家だか兼任だか知らないが、身の回りで起こること全てをネタだと思っている節がある。
 この間終わった舞台を見に行って、晃は真っ赤になったのだ。
 だって、主人公がコンビニで出会った男と恋に落ちるストーリーは、どこから聞いてきたのか晃と宏之そのものだった。

「ねえ、宏之くんは?」
「…なにそれ」
「あれ、一緒じゃないの?さっき宏之くんの電話で怒鳴ってたでしょ。あれから繋がらないからさ〜、てっきりチビちゃんとどっか遊びに行って、いちゃいちゃ宥めてんのかと思ってたんだけど」
 宏之の携帯は晃が破壊したのだから、繋がらなくて当然だ。機種変一週間でご臨終とは、また不幸な話。
 晃にイライラが戻ってくる。元はといえば、この男からの電話が原因でこんなことになったのだ。
「あのさ」
「ん?何?」
「まどかって、誰」
 二階堂本人に聞くなんて、不本意以外のなにものでもなかったけど。宏之本人から決定的なことを言われて、余裕をなくして、またヒドイことを言ってしまうよりはマシかもしれない。なんていう、ズルイことを考える。
 少し驚いた表情を見せた二階堂が、意地悪く笑った。
 何度もこういうカオでからかわれている晃の方は、さすがに学習したのか諦めて踵を返そうとする。
「もういい」
「え〜?なんでよ。放置?」
「あんた、絶対マトモに答えねーもん。いい。ヒロユキに直接聞く」
 一刻も早く離れたい。……のだが。いまだ腕は捕らわれたまま。
「ん〜…喋らないんじゃないかなあ」
 二階堂から腕を引き抜こうとしていた晃は、ぎくりと動きを止めた。
「なんで?」
「なんでっていうか、ほら。宏之くんにだってイロイロ事情があるんじゃないの?なんでもかんでも聞きたがるのは、可愛くないよ」
 ああ、ソレは知ってる。
 晃には聞かれたくないことが多すぎるから。
「それじゃあ、まどかって女は可愛いのかよ」
 フテくされる晃の前で、二階堂は見ているこっちが恥ずかしくなるくらい表情を崩した。
「そりゃあもう!あんな可愛い子はいないよ!ほんと、あれは可愛いなんてゆーありきたりなモンじゃないね。天使だよ天使!エンジェル!」
 でれでれとやに下がっている二階堂を突き飛ばすようにして、離れた。
 いつにない強硬な態度に、二階堂は呆然と晃を見下ろしている。

 この少年と初めて会ったのはいつだったか。
 奥手な、というより、舞台を下りてしまうと感情表現がとても下手な宏之に、可愛い子が出来たと聞いて、わざわざ見に行ったのが最初だった。
 元気で、いつもなんだか宏之の隣からフーフーと威嚇している、子猫のような少年。出会った時には18歳と言っていたはずだから、もうハタチも越えているはずなのに。相変わらず元気で、やんちゃな子供の印象が強い。


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