[Novel:01] -P:07-
地毛だという、茶色い猫っ毛。ふわふわさらさらした長めの前髪が表情を翳らせて、いっそう謎めいて見える。
こんな艶めかしい顔をする子だっただろうか。
白い肌がほんの少し青ざめて見えることに気付いて、咄嗟にしまったと眉を寄せた。
「ちょっと、チビちゃん」
からかいが過ぎてしまったか。なんだか泣きだすんじゃないかとさえ思って。
「だよな」
「え、なに?」
「何でも聞きたがるオレは、可愛くねーよな。やっぱ」
「ちょ、待って待って。何言い出すの君は」
すいっと顔を上げたその表情に、透明なくらいの儚さを見て、二階堂は目を瞠った。誤魔化す言葉が喉に引っかかってしまう。
コレは、少年なんていう一過性の幻想だろうか?誰にでも訪れるはずの季節が、彼を満たしているに過ぎないと?
そんなはずはない。二階堂の、クリエイターとしての勘が叫ぶ。この子には、何かがある。あの宏之を夢中にさせた少年だという以上の何かが。
ぱっと駆け出した後姿を呆然と眺めていた二階堂は、自分のイタズラを始末できなかったことにようやく気付いて息を吐いた。
「しまったな…」
今の今まで、晃に見惚れていた。
あんな傷ついた顔を見せるなんて、思わなかったのだ。
「まったく…オジさんの歳を考えて欲しいよね!」
でも一応、コレでも昔は陸上なんてやってたこともあるので。足には自信がある。……そろそろ持久力の方は自信もなくなっているのだが。
華奢な後姿を追いかけだした二階堂は、身長差も手伝って少しずつ距離を詰めていった。するりと角を曲がっていく晃に手を伸ばし、何度もかわされて。
名前を呼んで止めてしまいたいのだが、残念なことにもう、酸素を取り入れる以外のことは出来そうにない。
追いかけっこは十分ぐらいだったのだろうか?二階堂には一時間にも感じたが。ようやく晃を捕まえたのは、追いついたからではなく彼のほうが足を止めたから。
「…ったく。しつけーの」
息一つ切らしていない晃は、苦笑を浮かべて二階堂を振り返る。
自分の身体は限界を迎える直前にリセットされるように出来ているから、無酸素で走ったって死にはしないのだが。なんだか命懸けの形相で二階堂が追ってくるから。
こんなことで「ガキ」一人死なれたら、そうとう後味が悪いだろう。
ようやく追いついた、と二階堂は晃の手を握ったまま、ぜえぜえ肩で息をしている。
自分が確かにヒトなのかどうか、晃にはわからないけど。こんな風につまらないことで必死になれる彼らが、嫌いじゃない。
「手ぇ離せよ。もう逃げねーって」
「っ、は、はあ、はあ…んなコト、いったって、ね」
「ああもう、ハイハイ。じゃあこのままでいいから、ムリして喋ンなよ」
しゃがみこんで苦しんでいる二階堂の頭を、軽くぽんぽん叩いてやると彼はメガネをはずして顔を上げた。
へえ、と感心する。
上気した顔は、思いのほか整った目鼻立ちをしているのだ。まじまじ見たのは初めてだが、これなら役者以上に人気があるのも頷けるかもしれない。
「足、速いね……」
「そか?オッサンが歳なんじゃねーの?」
「だからまだ、三十前だって…はあ。あ〜…っ、はあ。やっぱトシかも」
嫌そうに眉を寄せるのが思いのほか幼い表情で、くすりと笑った。
「認めてんじゃん」
「そりゃーね。こう差をつけられちゃ、認めざるを得ませんよ。はあ…よっこらしょ」
立ち上がる二階堂は、まだ晃を捕まえたまま腰を伸ばした。
「や〜、久々に運動したなあ。チビちゃん学生時代とかなんかやってたの?」
「いい加減、チビ言うな」
「なら僕のことも、オッサンて言うの止めない?」
「……。じゃあチビでいい」
「そこ?そこなの諦めるトコ!」