[Novel:02] -P:02-
笑顔を浮かべたまま話す二階堂の言葉がなんだか意外で、晃はパフェを口元へ運ぶ手を止めた。
「なんか意外」
「そうかな」
「あんたそーゆーの、似合わないじゃん」
離婚とか、親権とか。飄々としたいつもの態度からは、想像できない単語だ。ましてや、別れた娘を天使と呼ぶなんて、あまりにも似合わない。
「聞かなくていいの?」
「何を」
「名前。天使の名前がなんていうか」
あまりに天使天使と連呼するから、言われなくても察しがついている。
さっきも公園で言っていた。
その可愛らしさは天使のようで、まさにエンジェルだなんて。思い出しても恥ずかしいセリフ。
「…まどかって言うんだろ」
宏之が言えなかった事情が二階堂だとするなら、納得できないこともない。
舞台のことには詳しくないので、世間一般での評価はよくは知らないが、宏之が二階堂を心底尊敬していることなら誰より知っていたから。
「そーなんだよね。結婚してたことも、離婚したことも、ましてや子供がいることも公表してないんだよ。劇団の立ち上げメンバーは知ってるし、僕としてもずっと黙ってるつもりはないんだけど」
せっかく二階堂人気も手伝って、劇団は大きくなろうとしているのだから、と。苦労を共にした仲間達に黙ってろといわれたら、従うほかなかった。
「まどかとは、月に一度しか会えないんだけどね。この前なんか、遊園地に行く約束しててさ。でも僕、急な取材で行けなくなったんだよ。その時に代打頼んだのが、宏之くん」
「ふうん…」
「どうやら王子様に見えちゃったらしくてねえ。電話で話すたびに、お兄ちゃんは?って聞くんだよ。仕方ないから、また付き合ってもらおうかと思ってさ。その電話だったんだ」
「…………」
「劇団の古参以外では、宏之くんしか知らないから、口止めしてたんだ。ちゃんと言えなかったのは、そのせいなんじゃないかな。…えーっと…チビちゃん?」
「なに?」
「いや、なんかおとなしいからさ。怒鳴ったり喚いたり、しないの?」
本当にされたら困るだろうに。二階堂の方こそ普段からは想像もつかないくらい、しおらしく言うものだから。そんな風に言われたら、笑うしかない。
「なんだよソレ。して欲しーのか?」
「そりゃ遠慮したいけど。でも我慢してるんだったら、してもいいよ」
からかって、はぐらかそうとしてしまった。傷つけたことはわかっている。
反省してます、ゴメンナサイ。と。いい歳をして、まっすぐ頭を下げてしまう二階堂に、晃は苦笑いを浮かべた。
宏之をはじめとする劇団の人たちが、いつもはへらへら笑っている彼を頂点にして支えているのは、二階堂のこういう真っ直ぐなところを、見ているせいなのかもしれない。
「もういーって」
長いスプーンを咥えたまま、しかたないなあと笑っていた晃が、ふと手を止めた。
「なあ」
「何?」
「怒鳴ったり喚いたりしないからさあ、イヤなこと聞いてもいいか?」
じいっと、上目遣い。
この表情の頼みごとを断れる人間は、あまりいない。
大きな瞳に見上げられて、そりゃ思惑があるのはわかっていたけど。自分で反省していると言った以上、やっぱり二階堂も断れるはずがなかった。
「いいよ。なんでもどうぞ」
「あんたさ、なんで奥さんと別れたんだよ?」
パフェの長いスプーンを置き、晃は少し躊躇うような表情を見せて聞いた。
宏之ならともかく、大して親しいともいえない自分などが聞いていいことじゃないのはわかっている。でも、聞いておきたかったのだ。
今までに、何度も愛したはずの人と別れてきた。別れる時は大抵、晃の方が疲れ果ててしまって、逃げるように姿を消すのだ。
傷ついていく大事な人を見ていたくなかったというのは、言い訳に過ぎないかもしれなくて。