[Novel:02] -P:03-
二度と会いたくないから国を変え、仕事を変え、髪型を変えた。首筋にある痣を隠さなくてはならない事情で、あんまり派手なイメージチェンジは出来なかったけど。しばらくの間は髪色を変えてみたり、カラーコンタクトを入れてみたりして。
「別れても繋がってるのって、辛くねえ?」
今まで離れてきた人たちと同じように姿を消すには、晃は宏之に執着しすぎているかもしれない。
彼が役者を続けるなら、この国にいる限り姿を見られるはずだけど。まさか舞台を見に行くわけにはいかないだろうし。
でも、触れられもしないのに、宏之を見つめ続けるなんて。そんな辛いこと、続けられるものなのだろうか?
何か途方もないことを考えていそうだと見抜いて、二階堂は溜息を吐く。
「何の参考にする気か知らないけどね。面白い話でもないし、ためになる話でもないよ」
「そんなことはオレが決める」
頑なな態度にわざとらしくもう一度溜息を吐いた。
子供はどうにも、目の前のことしか見えなくなるときがある。どんな経緯であの電話から、晃が一人公園に立ち尽くしているような事態に至ったのかは知らないが、二階堂の言葉次第では、大変なことになるんじゃないだろうか?
万が一これで、宏之と晃に思わぬ変化でも起きたら、あの無口な大型犬にどうやって言い訳すればいいだろう。
ちらりと晃を見れば、絶対諦めそうにないことが知れた。
さて、困ったねえ……と。天を仰ぐ。
適当に言い逃れることも出来なくはないが、どうにもこの少年には通用しない気がするのだ。
「ホント、大した話じゃないんだって」
苦笑い。
ウエイトレスを呼んで、コーヒーを替えてもらう。
どこからどう言えば、伝わるだろう?考えている間に、晃の前においてあるパフェは二つ目になっていた。
「そうだな…最初から話そうか?」
「うん」
思えば、古い話だ。
「奥さんとは同じ大学でね。劇団の立ち上げにも協力してもらってたんだ。なんていうのかなあ、僕と違って、とてもリアリストで、モラリストだった」
曲がったことを嫌い、夢だけを食べては生きていけないということを、よく知っていた人。
「美人?」
「そりゃもちろん。僕は面食いだからね」
本当に美しい人だったから、手に入れたときはもう有頂天だった。
「プロポーズしてくれたのは、奥さんの方だったんだ。全部じゃなくていいから、アナタの人生の一部を私にちょうだい、だったかな。そんなセリフだったと思う」
「うわ〜。格好いいヒトだな」
「そうだね」
「でもアンタを選んでる時点で、男運は相当悪いみたいだけど」
「ははは、確かに。否定しないよ。彼女は美しくて、頭のいい女性だから、僕じゃなかったらこんな風にはならなかっただろうね」
「…………」
軽口のつもりだった言葉を全肯定する二階堂に、晃は少し複雑な表情になった。
「二人で生活を始めたのは良かったんだけど、僕を支える為に彼女が一流企業でキャリアウーマン街道を歩き始めたのと、劇団がどんどん大きくなってくのが重なっちゃって」
「ああ……すれ違い生活になったんだ?」
「まあね。でもその、すれ違い生活が限界だった頃に、まどかが生まれたんだ。単純に嬉しかったよ。当時は僕たちをリセットさせてくれる為だなんて、本気で思ったりもしてね。」
手元に戻ってきた携帯を開いた二階堂は、愛しげに愛娘を見つめた。彼女が生まれたときの感動は、今でも心の中にある。
「でもね、結局誰かのために生まれる子供なんていないんだよ」
「なにそれ。脚本家らしくねえ発言だな」
「そうかな?人はさ、誰しも自分の為に生まれるんだ。自分が幸せになる以上の命題なんて、持っていないんだよ」
意外な言葉に、晃はぎくりと手を止めた。