[Novel:02] -P:04-
ずっと、誰かの為に自分は生きているのだと思いたかった。誰かを迎えに行くのが自分の使命だと、信じていた。
自分が幸せになる為だけだとしたら、あまりに長すぎる時間だったから。
なのに目の前の男は否定するのだ。
誰を愛そうと、どうやって生きようと、それは全て晃自身が決めたことだろう、なんて。自覚があるだけに、厳しく響く言葉。
人は、ただ己の道を行くだけだ。誰かの為なんかじゃないと。
「…辛辣なんだな」
思わず零れた本音に、二階堂はやっぱりこの子を誤魔化すなんて出来そうにないなあと思い知る。
「チビちゃんなら、そんな風に言いそうな気がしてた」
「だって、そういうことだろ?」
「ま、ね。まどかに教えてもらったたくさんのことのうちの、一つだね」
結構な歳の大人と話していても、甘いとかワガママだと言われることの方が多いのに。晃は二階堂の言葉を的確に把握している。
「チビちゃんは面白いねえ」
「なんでだよ。今の話で、なんでそうなんの?」
「なんでかなあ。チビちゃんと話してると時々、年下だと思えなくってずーっと年上の人と話してるような気になるよ」
驚きに目を見開いた晃は、動揺を隠すように何度か瞬きを繰り返した。
なんて、鋭い。
長い時間の中で、彼のように驚くぐらいの洞察力を持つ人間には何度か会ったが、二階堂の若さでそんなことを言った者は初めてだ。
舌打ちしたい気持ちを抑え、大仰に肩を竦めて、誤魔化しにかかる。
自分のことをバラすわけにはいかない。しかも、二階堂のような男には特に注意が必要だ。
「オッサンから年上とか言われるなんて、オレも終わったな」
「そーゆー意味じゃないのはわかってるだろうに。ねえチビちゃんのご両親てどんな人?」
「オレじゃなくて、今はあんたの話!」
「だって興味あるんだよ」
「いないの、オレに両親なんて。物心ついた頃からずっと施設で育ったし」
このネタを聞かされて、口を噤まない者はいないのだが。意外なことに二階堂は申し訳なさそうな顔も、驚くような表情も見せなかった。
「そうなの?じゃあチビちゃんがたまに、どこか悟ったような表情するのは、その辺が影響してるのかな」
「…あんた、変わってるよな」
「よく言われる」
「大概、孤児だって言うと謝られるのに」
「だって。そんなのチビちゃんのせいでも僕のせいでもないでしょ。どんな環境の施設だったのか知らないけど、チビちゃんはちゃんと人を好きになれる健康な心の持ち主で、僕の言葉をちゃんと理解できる賢いアタマの持ち主なんだから。充分じゃない」
何が不満なの、と。いっそ不思議そうな顔をする二階堂に笑えてしまって、晃はスプーンでアイスを掬うと目の前の男に差し出した。
「なに?」
「一口やる」
「へ?なんで」
「なんとなく。食えば?」
「じゃあ、いただきます」
口の中に広がったあまりの甘さに、二階堂は苦い表情を見せた。ただのアイスクリームだと見えていたそれは、チョコレートソースと生クリームにまみれた甘味の塊だったので。
「なんだよ」
「…甘い」
「あったりまえだろ〜?」
「ごちそうさま」
「なんだよ。もういらねーの?」
「だって甘いんだよ」
「だから当たり前だって」
この美味さがわからないとは不幸なヤツ。
自分の人生を、ただ自分の為だけのものだと思って生きる、過酷な道を指し示す辛辣さを持っているくせに。ひとくち食べたパフェが甘いと表情を変える柔軟さ。
楽しげに笑う晃は、やっぱり自分に孤独なんか似合わないだろうなと考える。宏之と離れることになってもきっと、運命を恨んで一人で生きたりは出来ないだろう。
だって、こんなにも人間が好きだ。
「忘れてた」
「なに?」