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[Novel:02] -P:05-


「話の続き。あんたが手厳しい人生観を持ってるのはわかったよ。まどかが教えてくれたって?」
 ひっそりと晃は消えてしまうけど。宏之と同じように誰かを愛せるか、自信がないけど。でも別れの時は、確実に近づいている。
 まさか人間が好きだからといって、自分への約束を反故にし、ここへ留まるわけにはいかない。
 今日こそはちゃんと、そのことを考えなければ。
 とっとと続きを話せと迫る晃に、そうでした、と。二階堂は長い足を組み直した。

「え〜っと…そう、まどかが生まれて、しばらくは平穏だったんだよ。奥さんは育児休暇で家にいたし、娘はどんどん可愛くなってくし。ところが劇団はみるみる大きくなってって、僕にはTVの仕事まで入っ来たりしてね」
「すげえじゃん」
「まあね。でもタイミングは最悪だったよ」
「タイミングだけの問題?」
「いや、仕事が楽しくて、夢中になってたのは否定しない。家庭を省みる時間は、確実に減ってたからね。でもまどかが可愛かったし、奥さんのことも愛してた。まあ、そんなこんなで、家に仕事を持ち込みたくないとか思ってさ。今住んでる仕事場を借りたのが、結局はアダになったんだよな〜」
「なんで…あんた、家族のためにそうしたんだろ?」
 いつ終わるとも知れない、二階堂を追いつめる仕事から、二人を守りたかったはずなのに。
「そうなんだけど。まあコレが、なかなか家に帰らないワケさ」
 ふざけてニヤリと笑って見せるが、から回ってしまったその頃の二階堂は、どれほど苦しんだろう?
「〆切り終わるまで帰れるワケもないしさ〜、TVには舞台とは違う忙しさがあってねえ。書いても書いても、次の仕事が来るんだよ。リテイクだ打ち合わせだ、タレントが駄々こねるの、監督が納得しないのって。毎日悲鳴上げてたよ」
 そうやって拘束が続けば続くほど、家には帰れなくて。今日は帰ってくるの?と苛立たしそうに問う妻の電話さえが、疎ましくなっていた。
「やっと終わって、何ヶ月かぶりに帰れる〜!ってね。盛り上がった矢先だよ。アイドルの子と深夜密会!とかいう記事が週刊誌に載っちゃってね」
「手ェ出したのか?」
「出すワケないでしょ。なに言ってんの?そんな余力なんかどこにもなかったよ。大体、顔だけのアイドルなんて僕の趣味じゃないし。上手いんだよな〜。周りには大勢スタッフいたのに、きれいに二人だけ切り抜かれてんの」
 今なら笑える。
 もう、なにもかも取り返しのつかない今なら。
「慌てて帰ろうとしたら、自宅の目の前で局のスタッフに拉致られて。マスコミが静まるまで、ホテルに缶詰。しかもちゃっかり視聴率上げに利用してやがんの」
 言い訳の機会すら与えられなかった。
「…奥さんは?」
 帰ってこない夫を待っていた、妻の方は?
 二階堂はもう短くなってしまったタバコを、灰皿に押し付けた。新しいのに火をつけて、苦笑いを浮かべる。
「かっこいいセリフだったよ」
「なに…?」
「私の全てはアナタのものなのに、アナタの全てを私にくれないなんて、卑怯よ。ってね。こっちのセリフは一言一句間違ってない自信があるな」
 全部はいらないと言ったはずの愛しい人。

 晃は思わず、バケモノと自分を罵った女性の顔を思い出した。晃が誰であってもいい、どんなことがあっても離れないからと囁いてくれた人だったけど。そんなお伽噺のようには、ならなかった。

「疲れてたから、って言うのは言い訳だね。何を考える気力もなくして、突きつけられた離婚届にサインした僕は、結局逃げたんだと思うよ」
 二階堂の妻は、本気じゃなかったのかもしれない。ただそうやって悲鳴を上げることで、夫と話し合いたかっただけなのかも。でも、応えてやるには心身ともに、二階堂の方だって疲れすぎていた。

 晃が黙り込む。


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