[Novel:03] -P:03-
「誰にも言わないでって、言われてたから」
「ほんと律儀だなオマエは!そういうトコも好きだけどさ。黙っていなくなったりするから、よっぽど怒らせたかと思ったじゃん」
「怒る?俺が?」
なんで?と。
二階堂の予想通り、首を傾げた。
「聞き分けねえな!マジかわいくねえ!って。思わなかったのかよ」
「思わない。コウはいつだって可愛いよ」
「またオマエはそういうことを平気で…」
照れて少しだけ頬に血を昇らせた晃が、溜息をついた。そして、ちらりと視線を上げる。
「…じゃあさ。まどかとオレと、どっちが可愛い?」
言ったそばから、晃はかあっと赤くなった。
――なに言ってんだオレ!?
あんな子供と自分を並べるなんて、いい加減宏之も呆れて……
「コウ」
「っ!即答すんな!」
「なんで?」
「なんでってオマエ」
「コウの方がかわいい」
真剣な顔で。こんな時ばかりは、役者の眼力全開にして。
「冗談だってば…」
拗ねてぶつぶつ呟く不満げな晃の手を、強く握る。
かわいいとかじゃなくて。なにか言うべき言葉があるはずだ。
母と姉二人。女性三人がとてつもなく強大な権力を誇る家で育ったから、宏之はあんまり思っていることを話すのが、得意な方じゃない。
いままで付き合ってきた女性達にも「何を考えているのかわからない」とか「思っていたのと違う」とか、よく言われたものだ。
いつだって、何か言ってあげたいと思うのに、何を言えばいいのかわからなくて。傷つけたくないし、勘違いされたくない。一番相応しい言葉はなんだろう、と。おろおろ考えているうちに、大抵は相手が呆れ、宏之という存在に飽きてしまう。
回転のいい晃の口は、小気味良く聞いているのが本当に楽しかった。
なのに、彼は実のところ、とても聞き上手で。時間のかかる宏之の言葉を、面倒がるそぶりも見せずに待っていてくれる。
そうしていつも、たどたどしいセリフを拾い、正確な意味を与えてくれていた。
まるで、通訳みたいに。
いつだって、年下の晃に宏之の方こそ、救われている。
「コウ…」
「ん?」
懸命に考える宏之を、今だって晃は待っていてくれる。
だから、そう。
ちゃんと話さなければ。
「えっと、ごめんな」
まどかのことを話してやれなくて、晃に辛い思いをさせたから。
「まどかのこと、隠したから?別にいいよ。つか、癇癪起こして酷いこと言った。オレの方が謝んねーと」
首を振る。
気になどしていなかった。それに、当たっていると思ったから。
黙っていれば察しのいい晃が、何もやましいことなどないのだと、気づいてくれるんじゃないかと考えてしまった。
それはやっぱり、卑怯だったと思っている。
「ヒロユキが黙ってるのはさ…行き過ぎの思いやりだって、知ってるよ。あんま難しく考えないで、思ったこと言えばいいのにとは思ってるけど」
まあ出来ないから宏之なのか、と。優しく笑う晃に、背筋を伸ばしてちゅっと口づけた。
「ありがとう」
「あのな〜…今のは礼言うことじゃねーだろ」
「そうか?」
「そーだよっ」
「でも、わかっていてくれて、嬉しかったんだ」
呆れないでいてくれるだけでも、心の奥のところが消えない温度で満たされるくらい、幸せなのだから。
「携帯、ごめんな。壊れただろ。せっかく新しいの買ったトコなのに」
「いや…大丈夫」
取り出したのは、前の携帯。多機能すぎる新しい携帯に、困惑していたから好都合と言えないこともない。
「もったいなかったよなあ」
「コウは新しいモノ好きだよな…」
くすっと笑った。床に置いた古い携帯を見つめる姿が、本当に残念がっているようだから。